Pirates of the Caribbean















 脇腹に突き刺さった剣をそのままに、快斗と志保は新一を支えるように両脇から腕を回した。
 血の気が失せまるで紙のように白い顔色の新一をふたりは心配そうな眼差しで見つめる。
 結果的に見れば彼が自分たちを助けてくれた、ということになるのだ。
 その彼を放っておけないと手を貸した快斗と志保だったが……

 不意に新一の手が快斗へと伸ばされた。
 くしゃりと、快斗のふわふわの癖毛を掻き混ぜる。
 吃驚して思わず目を見開いた快斗に、新一は懐かしげに瞳を細めたまま苦い笑顔を向けた。


「あんたほんとに…そっくりだな。」
「…そう、かな。」


 自分の父親の顔を知らない快斗は曖昧な返事を返すことしか出来ない。
 快斗を見つめる新一の瞳が自分を通して誰を見ているのか、聞かなくても解った。
 それに快斗は妙に居心地の悪い思いをする。
 けれどその思いが一体どこから来るものなのか解らず、快斗は首を傾げた。
 自分の知らない父親を知っている新一への劣等感なのか、父親を奪われた嫉妬なのか、それとも……


「志保!!」


 と、突然の前方からの呼び声に三人の意識はその声へと向けられた。
 見れば、やや肥え気味の体を揺すらせながら駆けてくる姿が見える。
 すぐにそれが自分の父親のものだと気付いた志保は、まず安堵のために息を吐いた。


「お父様。」
「良かった、志保!どこも怪我はないじゃろうな!?」
「ええ無事よ。お父様こそご無事で…」


 新一を快斗に預け、ひとまず互いの無事を確認し合う。
 が、すぐに快斗ともうひとりの存在に気付いた阿笠はふたりに意識を向けた。


「やあ、快斗君。君が志保を守ってくれたのかね?」
「あ、いえ…」
「ん?こちらは?」


 見覚えのない男の姿に阿笠が首を傾げる。
 傷ひとつない志保や怪我も負ってない快斗に比べ、腹に剣を刺され血を流し快斗に支えられている青年。
 どう答えれば良いのか、とにかく当たり障りのない妥当な返答をしよとした時。
 阿笠と同じように屋敷へと駆けてくる姿が目に入った。
 今度はひとりではなく数人いるらしく、その中心には白馬がいた。


「総督!お嬢さんはご無事でしたか!?」


 どうやら彼も志保のことが心配で急いで駆けつけたようだったが、その場にいる見知らぬ青年を見て顔色を険しくした。
 白馬が素早く右手を挙げれば、手に手に銃を持った兵士が新一と新一を支える快斗に向けて銃を構える。


「何者です!?」


 怪我を負いひとりで立つこともままならない新一に容赦なく向けられる銃口。
 けれど思わず眉を吊り上げた快斗に対して、新一はただ無感動に眺めただけだった。
 どちらにしろ深手を負った身である。
 何をどうしたところでまともに逃げることすら叶わないのは明確だからだ。
 けれど、新一に助けられた志保はぎょっとして声を荒げる。


「やめなさい!彼は私の恩人よ、銃を下ろして!」


 ギリ、と志保は白馬を睨み付けた。
 その剣幕に圧され、白馬は思わず狼狽するが……


「提督。彼は自ら傷付くことも厭わず彼女の前に飛び出したんです。それどころか僕や屋敷の召使いまでひとりで庇ってくれました。」
「…」
「…総督令嬢の恩人に問答無用で銃を突きつけるのは如何かと存じますが。」


 快斗と志保のふたりから抗議を食らい、白馬は仕方なくもう一度右手を挙げる。
 兵士達は命令に忠実に銃を下ろした。
 不審の色をありありと浮かべた顔で、白馬がすっと右手を差し出して言う。


「…失礼。僕はこのポートロイヤルの提督、白馬と申します。志保さんを助けて下さったこと、有り難う御座いました。」


 新一はその差し出された手を胡散臭げに眺める。
 器用に片目だけを眇めて見せ、探るような視線を白馬に向けた。
 今の今まで敵意を顕わにしていた男が、いくら志保に言われたからと言ってすぐに手の平を返して見せた意図が解らない。
 けれど結局、新一は差し出されたその手に自分の右手を重ねたのだった。

 と、遠慮のない力でぐいと引かれる。
 傷が引きつり、痛みに思わず歯を食いしばった。
 握手のために差し出された手を掴まれ、袖を捲り上げ細腕を晒される。
 海の男にしては白い肌に、瑠璃色のなめらかな線で描かれるのは……時計と、光。
 そしてその上にはまるで烙印のように“P”の文字。
 それの示すことはつまり……


「海賊ですね。残念ですが、この港に来たのが運の尽きです。海賊は全員絞首刑と決まっています。」
「待って、提督!」


 腹部の傷に気付いているだろうに、強引な仕草で新一の腕を鷲掴みにしたまま進もうとする白馬の前に志保が飛び出した。
 両手を大きく広げながら道を塞ぐ。
 その、普段の彼女らしからぬ行動にやや驚いている白馬に、志保は侮蔑の色を滲ませながら言った。


「彼は私の命の恩人よ。たったひとりで奴らを追い返しこの港を守ってくれた彼を、海賊だからという理由だけで縛り首にすると言うの?」
「…ただ一度の善行で多くの悪行は帳消しになりません。」
「でも…っ」

「僕は法を重んじる軍人です。その軍人自ら戒律を破ることは許されない。」


 揺るがないその真っ直ぐな瞳を受けながら、それでも白馬の心は変わらない。
 エリートとして余り苦もなくこの地位を手にした白馬だが、自分の立場というものは良く理解していた。
 個人の私情を挟んで任務に支障を来すようなことがあってはならないのだ。

 道徳的には頷けなくとも尤もな言い分に志保はぐっと言葉を詰まらせ、その隙に白馬は部下を連れて新一を連行していってしまった。
 残された快斗と志保は暫く無言でその場に佇んでいたが。
 やがて快斗が、聞こえるか聞こえないかのギリギリの声で囁いた。


「……あいつ、助けだすよ。」


 弾かれたように顔を上げる志保に快斗が続ける。


「俺が捜してたのはあいつだ。こんなところで殺させない。」
「でも……どうやって?」
「どーもこーも、助け出すだけさ。」

 それから。

「俺はそのままあいつと海に出る。」


 彼を助け出せば、自ずと快斗も“犯罪者”というレッテルを貼られてしまうだろう。
 そうすれば仲良く軍に追われる身、そのまま共に航海へと出るのも悪くない。
 どうせ彼を捜しに海へ出るつもりだったのだから、たとえそれが少し早まったところで何の問題があろうか?
 どうせ犯罪者とみなされるなら、彼と同じ海賊になるのも良いかと、快斗は思っていた。


「それにさ、志保ちゃん。気付いた?」
「何に?」
「あいつの腕にあったタトゥー。」
「……砂時計?」
「そう。」


 一般に海賊旗に掲げられる砂時計とは死を暗示させる脅迫の意味で使われることが多いが……


「砂時計といっしょに光があったのわかった?」
「ええ。」
「あのタトゥーは死の象徴じゃなくて、あの男を示すものなんだ。」


 砂時計が象徴するものは、刻々と刻む悠久の時の流れ。
 過去から現在、現在から未来へと、決して誰も止めることが出来ない、無限の時の流れ。
 無限の時の流れ、永遠を意味するのは……


「閃光のクドウ。……聞いたこと、あるんじゃない?」


 志保の瞳が驚愕に見開かれる。
 同じほどの衝撃を受けた快斗は、その持ち前のポーカーフェイスで押し隠したのだけれど。


「あの、無血海賊だと言うの?」
「そうだよ。あのタトゥーが何よりの証拠だろ。」


 まさか、そんな大物が父親の惚れた男だとは思わなかった快斗だが、不思議と抵抗はなかった。
 噂など信じていないけれど、あの男なら信じられると思ったから。
 だから。


「明日にでもあいつを助けに行くよ。」


 早いほうが良いからね。
 にっこりと微笑んでそう言った快斗には、躊躇いも不安も感じられなかった。










* * *


 そう遠くもない場所から、どさりと何かが崩れ落ちるような音が微かに聞こえてきた。
 確か、あの場所には看守が立っていたはず。
 何か異変があったのだと、新一は気配を窺うように暗闇の中で目を凝らした。

 と、まるで何事もなかったかのように手をはたきながら、快斗がひょっこりを顔を出した。


「おまえ…」
「あ、いたいた。腹の具合どう?大丈夫?」
「大丈夫だけど…。」
「良かったぁ、心配してたんだよ。」


 安堵にほっと溜息を吐く快斗。
 けれど新一の内心は心穏やかではなかった。

 先ほどの物音は、なんらかの方法で看守が眠らされたか何か……とにかく公務に支障が出たに違いない。
 そして普通に考えれば、それを行ったのはこの男のはずだった。
 つまり、公務執行妨害、ということだ。
 悪くすれば監獄に入れられてしまうだろう。


「何しに来たんだ?こんなとこに居たら、あんたまで捕まっちまうぞ。」
「え?ヤダな、ここまで来てやることっつったらひとつでしょー?」


 至極当然、何言ってんのといった仕草で肩をすくめる。


「ココに鍵がありマス。」


 ちゃり、と快斗の指からぶら下がっているのは、きっと看守のポケットに入っていたこの牢の鍵だろう。
 それを指にひっかけくるくるとまわしながら。


「俺と取引しない?」
「取引…?」
「そう。」

 あんたにとっても悪くない話だよ。


 快斗の目に悪戯な光が宿る。
 それまで、彼との会話に大した興味を持っていなかった新一だが、寝転がらせていた体を起こした。
 快斗の愉しげな顔が、ひどく彼の父親と似ていたせいかも知れない。
 温厚そうな顔に似合わず、盗一も随分な悪戯好きだったのだ。


「俺にどうしろって?」


 牢屋の鉄格子の合間から腕を出し、だらりと寄りかかりながら尋ねる。
 快斗は満足そうに笑うと、


「俺を連れてって。」


 藪から棒に、なんとも解りやすい要求をひとつ。
 その目には相変わらず悪戯な色が浮かぶが、決して冗談とは思えない強い色を浮かべていた。
 松明もない、唯一の灯りと言えば窓からのぞく月光のみの空間で、ふたりの視線がぶつかり合う。
 新一はしばらく考え込んだあと……


「俺が海賊と知ってて言ってるんだな?」
「もちろん。」
「海賊がどういうものか解ってるのか?」
「解ってる。世間から見ればただの悪党さ。」


 そんな悪党に、自ら成り下がった父親の真意は解らないと思っていたけれど。
 この男に惚れ込んだからなのだと言われれば、妙に納得してしまう自分もいる。
 つまり、親子二代でこの船長に惚れ込んでしまったということか……
 そう考えて、快斗はクスリと笑みを零した。


「親父が死んだ理由も知ってる。けど、俺はあんたについてくって決めたんだ。」


 海賊なんて所詮、世間からはみ出した悪党の集まりかも知れない。
 けれど、その世間が取るに足らないつまらないものだというなら、はみ出してみるのも面白い。
 そうして海に出るのだ。
 自由を、求めて。


「…良いだろう。」


 暫くの沈黙の後、新一がそう言葉を返した。


「ここを出たらトルトゥーガに向かう。そこで盃を交わそうぜ。」
「トルトゥーガ?」


 聞き覚えのないその地名に快斗が聞き返すと、新一は愉しげに笑った。


「知らないのか?海賊にとっちゃ天国みてーなとこだぜ。」


 海賊にとっての、天国。
 それはつまり、一般人にとってはあまり有り難くない場所なのでは…。
 そう思った快斗だったが、あまりに愉しげな新一の様子にそんなことはどうでも良くなってしまう。
 心底、この男は海賊というものが好きなのだろう。
 否、海賊と言うよりはむしろ、“海賊”というものが象徴する“自由”を愛しているのだ。
 そしてその自由を一途なまでに求め続ける彼に、快斗もすでに惹かれ始めていた。


「それならぜひ連れてってもらわなくちゃな♪」
「なんだ、海賊志望か?」
「てか、あんたを助けたら俺も立派な反逆者だろ?どうせ反逆者になるんなら海賊になってみるのも愉しそうじゃん。」


 快斗は手にしていた鍵を、新一の牢の鍵穴へと差し込んだ。
 鉄で出来た牢屋にしては随分と簡易な造りである。
 手先の器用な快斗になら、例え鍵がなかったところで簡単に開けてしまえるだろう。

 凶悪犯を処刑するまで留置する牢獄は、快斗の手によって呆気ないほど簡単に開いてしまった。
 ギィ、と独特な音を響かせながら新一が歩み出る。
 腹を刺されているというのにその足取りは確かなものだった。
 手を貸そうとする快斗を払いのけ、ニッ、と笑みを返す。


「これであんたも反逆者だってわけだ。」


 意地の悪いそれに、けれど快斗は不適に笑いながら首を振る。


「違うね。俺は海賊だよ。」


 その言葉に新一は驚いたように瞳を瞬き……
 けれど次の瞬間には、吹き出すようにして笑い出したのだった。

 腹を庇いながら苦しそうに笑う新一に快斗は怪訝そうな眼差しを向けた。
 何がそんなに彼の笑いのツボを擽ったのか解らなかい。
 けれど快斗は、新一が目尻にうっすらと涙を滲ませていたことに気付いた。

 快斗は知らないことだが、盗一が新一の仲間となった時、これと全く同じ台詞を吐いたのだ。
 不思議なことにそれを知らないはずの快斗が、同じ台詞で海賊となる偶然。
 もうこの世に存在しない彼の面影を、彼の息子へと新一は一瞬重ね合わせてしまったのだった。


「自己紹介がまだだったな。俺は工藤新一。訳あって今は船も船員もいねーが、これでも船長だ。」
「俺は黒羽快斗。一応鍛治屋で生計を立ててたけど、察しの通り、黒羽盗一のひとり息子だよ。」


 快斗の差し出した手を、新一はしっかりと握り返した。
 自分よりも少しばかり大きい、けれどそれでいてしなやかな手は彼の父親とそっくりだ。
 懐かしく、ほんの少し胸が痛むけれど。


「一度やれば、海賊は二度とやめらんねーぜ!」


 そう言って笑う新一に、快斗もまた笑い返した。





 どこまでも愛するのは、広大な海。
 その海に広がる、自由。
 そして……今はいない、魔術師だけ。

 ここからは、もうひとりの魔術師との航海が始まる。





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お待たせしました……。
もう原作の欠片もないパロになってきましたね。
思ってた以上に快斗の性格がフザケたことに(笑)
結論。
結局うちの快新は、どこまでいってもうちの快新なようです。
話によってキャラまで変えるのは無理;