キーンコーンと鐘が鳴り、今日一日の授業の終わりをようやく告げた。
机の横にかけてあった鞄を取り、新一はさっさと帰る用意を始める。
担任が来て終礼が済むまでは帰れないのだが。
と、どこかからざわっと声が上がる。
窓の近くからから上がったざわざわは、波紋状に教室全体へと広まる。
廊下側の最後尾という場所を取っている新一は、何が起こったのかイマイチわからなかった。
前の席に座っている蘭の背中をとんと叩く。
すぐさま後ろを振り向いた彼女に、どうしたのかと新一は尋ねた。
「なに騒いでんだ?」
「さぁ…なんか、窓の方見てるみたいよ?」
自分のひとつ前の席の蘭にわかるはずもない。
気にならなくはなかったが、新一は特に気に留めることもなく帰り支度に舞い戻る。
が、なぜか窓に貼り付くようにして眺め出す生徒もいて、好奇心旺盛な新一は結局確かめようと席を立った。
率先して窓に貼り付いてる園子(笑)に、新一が声をかける。
「なぁ、みんなして何見てんだ?」
「なんか知らないけど、校門に他校の男子が居るのよ。」
しかも、結構イケてる!
拳を握って力説してる園子に、新一は脱力した。
ただの他校生を見たってどうしようもない。
さらに男を見たところで愉しくもない。
すっかり人垣となっていて全く見えない外を、わざわざ覗く必要もないだろうと席に戻りかけたとき。
「なんかアイツ、工藤に似てねぇ?」
新一は外に立っている人物を瞬時に理解し、微かに瞠目した。
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名探偵の恋愛事情 その3 ナイショの恋人編
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「快斗!」
ぱたぱたと駆け寄って来る恋人を、快斗は可愛いなぁと笑いながら待った。
学生鞄を片手に、校門に凭れて立っていた快斗のもとへと辿り着く。
大した距離でもないが全力疾走してきてくれたのだろう、微かに弾んだ息で新一が言った。
「お前、こんなとこでどーしたんだよ。」
「新一待ってたんだよ。」
それ以外に来るわけねーじゃん?
「何か用か?」
新一がこき、と小首を傾げる。
快斗がわざわざ帝丹まで足を運んで来ることは、まずない。
家に帰れば必ず顔を合わせるし、急ぎの用でもない限りはあまりそれぞれの領域に足を踏み入れないようにしている。
とにかく快斗がこうしてやってくることは珍しいが、嫌なはずはなかった。
…新一がさっさと帰り支度をするのは、早く帰って快斗に逢いたかったりするからなのだ(笑)。
「まぁ、特別な用事はないんだけどさ。」
「ふん?」
「新一の顔見たかった……ってのは、駄目?」
今度は快斗がこき、と小首を傾げた。
まるで鏡に映ったようにそっくりなふたりが、そっくりな行動を取っている様は、端から見ればかなりアレだ。
新一は一瞬キョトンとして、次いで楽しげに笑った。
快斗のふわふわな癖毛をくしゃりと撫でる。
「駄目じゃない。」
快斗も楽しげに笑みを浮かべた。
「白馬鹿がさぁ、また俺のことどーのこーの言って来るから、学校フケて来ちゃった。」
「まぁーたアイツか。」
「今家帰っても新一居ないし、どーせだから来ちゃおうと思ってね。」
にへら、と快斗が笑う。
新一は暫くそれをじーっと見つめた後、唐突にそのにやけた頬をぎゅむっと摘んだ。
快斗の顔がなんだか面白い形に歪む。
「こら。そんなんで凹んでんじゃねーぞ。」
「………ん。」
にやけた笑いが苦笑になって、新一は摘んでいた手をそっと頬に添えた。
大して強く摘んだわけでもないそこを、軽く撫でてやって。
快斗が幸せそうに手に頬ずりをするのを、新一も幸せそうに眺めた。
……端から見たら結構恥ずかしい構図だが、幸いなことに角度的にふたりの体は重なって見えていた。
「ところで新一クン。授業はどうしたの?」
「ん?HRだけフケた。」
お前が居たし、と呟く恋人に、無意識に告白されている気分になって、快斗は嬉しくなった。
「今度はいったい、何言われたんだ?」
「んー…それも良いけどさ、どうせだからデートしてかない?」
「デートって?」
「どこだって良いよ。本屋巡りでも良いし。」
なんだか真っ直ぐ帰るのは勿体ないだろ?
まだ新一の手に甘えてる快斗が悪戯な目をしている。
新一もなんだか楽しくなって、それも良いな、と思った。
ここのところ、事件だ予告だとお互い忙しかったため、あまりゆったりとした時間はとっていない。
たまには他愛のない普通のデート(普段は警察に囲まれたデート/笑)も良いだろう。
が、恋人との楽しい一時を壊してくれたのは、鈴木財閥のお嬢様だった。
「ちょっと、新一くん!」
靴箱から大声で叫んで、駆け寄ってくる。
その後ろには慌てて追い掛けてくる幼馴染みの姿も見えた。
新一はなんだ?と振り返り、快斗は少し拗ねたように口唇を尖らせた。
優しく宛われていた新一の手が離れてしまったからだ。
HRが終わってばらばらと出てきた生徒達。
物珍しげにこちらを見ている視線に気付いたのは、もちろん快斗だけである。
照れ屋のくせに他人の視線には無頓着な新一であった。
その珍しい人物達に接触を果たした園子は、なんだか瞳をキラキラさせながら言った。
「新一くんの知り合いだったの?」
「ん、まぁな。」
「なんか新一と似てるね?」
蘭の言葉に、新一と快斗は向き合って、そうか?と返した。
まるで声までそっくりなふたりであるが、本人同士はさして似ているとは思っていない。
どちらもかなり癖がある存在なだけに、外面に囚われないふたりには全く別人に映っているのだ。
「こいつは黒羽快斗。で、知ってると思うけど蘭と園子な。」
「よろしく。蘭ちゃんのことも園子ちゃんのことも、新一から聞いてるよv」
パチリとウインクを決める快斗に、園子は黄色い声を上げ、蘭はちょっと照れくさそうに頬を染めた。
お近づきの印などと良いながら、どこからともなく取り出した薔薇を一輪ずつ、蘭と園子に差し出して。
ついでとばかりに新一にも一輪差し出す。
新一は苦笑しながらも、ちょっとはにかんだ表情でそれを受け取った。
蘭たちに渡したのは造花だが、自分のコレはどう見ても本物である。
そんなほんの少しの快斗の気遣いを嬉しく思った。
突然取り出された薔薇に、蘭も園子も目を白黒させている。
新一は薔薇を右手に優しく掴みながら、説明した。
「快斗はマジシャンなんだよ。まだプロじゃないけど、その世界でも充分通用するぐらいのな。」
「マジシャン!?」
「すごいっ」
きゃあきゃあと喜ぶ彼女たちを、新一は楽しそうに眺めた。
快斗を誉められるのは、快斗の手品を喜ばれるのは、自分のことではないけれど単純に嬉しい。
快斗はまだ表舞台に上がることは出来ないけど、いつか絶対世界に出て行くマジシャンだと知っているから。
今はこうして小さな“感動”を与えることしか出来ないけれど。
その“いつか”が早く来れば良いと、新一はいつも思っているから。
新一は、この上もないくらいに嬉しげな笑みを快斗に向けた。
本を読んでいる時とも、友人と話している時とも、事件を推理している時とも違う。
恋人にだけ、恋人を想う時だけに向けられる、極上の笑み。
それを見て快斗もまた、見ている方が恥ずかしいぐらいの愛しげな笑みを浮かべるのだった。
そんな幼馴染みの、今まで見たこともないような笑みを見て、蘭は息を呑む。
なんだか……新一がまるで、別人のように見えてしまったから。
「ねぇ…黒羽君って新一の親戚か何かなの?」
こんなにそっくりなんだし。
けれど、新一と快斗はそろって首を横に振った。
「俺と新一は全く血は繋がってねーよな。」
「ああ、親戚でもねーよなぁ。」
「「うそ……」」
実は、ここに来てふたりを見た瞬間から親戚だと思っていた蘭と園子である。
絶対に有り得ないような否定を頂いて、思わず瞠目してしまった。
「そんなに似てて、ただの友達ぃ?」
胡散臭そうに園子が呟く。
けれど新一と快斗は、向き合ってもう一度こき、と首を傾げた。
それから蘭たちに向き直って、快斗が言った。
「いや、俺たち友達じゃねーよ?」
「「は?」」
「うん、友達じゃあねーよな。」
ふたりしてうんうん頷きあっている。
蘭と園子はますますわからないと眉を寄せた。
友達じゃない、親戚じゃない。
それならいったい、何だと言うのだろうか?
「友達じゃないなら何なの?」
今度は蘭が問いかけた。
何だか頭がこんがらがりそうだ。
けれど新一は、ただニヤリと笑って。
「ナイショ。」
……………はぁ?
蘭と園子は、揃ってなんだか間抜けな声を上げた。
けれど新一は相変わらず口角を上げたまま、不適な笑みのままである。
快斗は楽しげにニコニコ笑っているだけで、ふたりが何を言いたいのか、蘭たちには全くわからなかった。
端から見ればかなり艶然とした笑みに、周囲が思わず立ち止まって見惚れていたりする。
更に快斗も似たような笑みを浮かべれば、見物人は倍増であった。
黙ってればふたり揃って結構な美人さんなため、そこらじゅうで感嘆の声が上がっている。
が、一度口を開けば問題児なふたりであった(笑)。
「こいつって女ったらしだし、友達なんてやってらんねーぜ。」
「新一なんか男ったらしじゃねーか。」
「ばーろ、んなモンたれても嬉しくねーっ」
「俺だって、勝手にたれてくるだけだもん。」
何だか理解不能な会話になりつつある。
彼女たちの頭に同時に浮かんだのは“類友”と言う言葉だった。
まさしく的中しているだろう。
とにかく、変わった奴には変わった友達が出来ると言うものだ。
大馬鹿推理之介の友人がバ快斗だからと言って、誰も驚かないだろう。
ふたりは早々にそう判断を下し、さっさとその場を離れることにした。
「あらら、帰っちゃった。」
額にわざとらしく手を当てて、さして遠のいても居ない彼女たちを眺める快斗。
新一は、ふん、と鼻を鳴らした。
「ンだよ、行くんじゃねーの?」
……デート。
唇を尖らしている可愛い恋人。
快斗は機嫌を損ねては大変だと、新一に向き直った。
「行くよ。行くに決まってんじゃん。」
そのためにさっさと帰ってもらったのに。
快斗は新一の手を取ると、恭しく口付ける。
なんだか周りで黄色い声が上がったが、新一の耳には全く入っていなかった。
と言うか、快斗といる時は大抵聞こえてくるので気にならなくなった、と言うのが正しい。
優雅に腰を折って、にわかに白い影を纏った男が、そっとそっと囁いた。
「それでは、この泥棒と共に来て頂けますか…?」
不思議な紫紺の輝きを秘めた双眸が、真っ直ぐに新一を見つめてくる。
快斗の瞳は今、新一だけに向けられている。
新一は満足げに微笑んだ。
「良いぜ。ただし、退屈させるなよ…?」
「仰せのままに。」
心底嬉しげな笑みに怪盗も満足し、次の瞬間には高校生のふたりに戻ると、にわかデートへと繰り出すふたりだった。
新一と快斗は思う。
ふたりが、どういう関係か。
そんなものは、一言で言い表せるはずがないのだ。
恋人であり、共犯者であり、魂の双子であり、……命である。
“全て”という言葉ですら足りないと感じるほど、強く強く繋がっているふたり。
だから、ナイショなのだ。
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