新一は怒っていた。
今にも頭から湯気があがるんじゃないか、というほどに、新一は怒っていた。
いつもならどうしたの、の一言でも声をかけてきそうな幼馴染みだが、本日は触らぬ神になんとやらと言った様子だ。
新一を遠巻きにしているクラスメートの皆さんも、なんだか雰囲気がヤバくて声をかけられずにいる。
彼がこうして怒っている原因は、倫敦帰りの名探偵、もとい迷探偵のあまりに軽率な台詞にあった。
先日、何やらちょっと凹んだ様子で帰ってきた恋人。
原因を追及すれば、迷探偵の不用意な言葉が、優しい魔術師を傷つけたらしい。
そうして新一は、やり場のない怒りをこうして翌日の学校にまで持ち越してしまっていたのだった。
と、突如として新一の携帯の着メロが鳴り響く。
それは、名探偵に怯えるクラスメートたちへの救いの音色だった(笑)。
「四丁目ですね?すぐに向かいます。」
馴染みの警部からの呼び出しにより、新一はさっさと学校を早退していったのであった。
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名探偵の恋愛事情 その4 名探偵対迷探偵編
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「相変わらず見事としか言えんなぁ。」
半ば呆れような警部の声に、新一は苦笑を返すしかない。
警察が解けなかった難事件を、新一は現場に着くなり不審点を上げ、あっという間に解決させてしまったのだ。
「今回はたまたまタイミングが良かったんですよ。」
「たまたまって、工藤君…?」
「時間が経てば、先ほど挙げた状況証拠のいくつかは隠滅されてただろうし、犯人を追いつめる材料が減ってましたから。」
それに、新一が怒っていたことも幸いした。
怒りの余りに周りが見えなくなる……などという醜態を名探偵工藤新一が晒すはずもなく、逆に冷え冷えと冴え渡った慧眼で早々に解決させたのだった。
けれど、だからと言って怒りが冷めたわけではない。
(このオトシマエ、どうつけてやろーか。)
そんなどこぞの、やのつく方々のような台詞を満面の笑みで考えながら、新一は高木刑事のパトカーに乗って警視庁へと向かう。
今日の現場は遠いため、迷惑だとは思いつつも送っていくという警部の好意に有り難く甘えさせてもらうことにした。
事情聴取に警視庁へ寄らなければならないのだが、そこは文句など言えるはずもない。
新一は大人しくパトカーの後部座席におさまりながら、思考に沈んでいた。
「………って。大変そうだよねぇ。」
と、あまりに真剣になっていたために、高木刑事に話しかけられていたのに新一は気付かなかった。
…現場以上の集中力である(笑)。
「え?すみません、なんですか?」
「え?あ、大したことじゃないんだけどね」
聞いてなかったらしい新一をバックミラー越しに見て苦笑し、それでも意識がこちらに向いているので高木は話した。
「ついこの間もキッドから予告状が来たって言うのに、また来たらしくて。専任の警部がカンカンで、部下連中にまで被害が出てるみたいでね。僕と同期の人がいるんだけど、大変そうだなぁって。」
目暮警部が上司で良かった、などと、信頼する警部を思いながら高木が言う。
が、新一はその話を聞き、ニヤリと口端を持ち上げた。
もちろん、高木にばれないように、だ。
「高木刑事。二課には確か、僕と同じ高校生探偵がいましたよね?」
「え?あ〜…そう言えば、そんな子もいたかな〜…」
何せ、一課のアイドルは工藤新一。
彼さえいればもう他に華など必要ないので、二課など気にかけたこともない。
よって、高木は二課の“高校生探偵”は存在こそ知っているが、どんな人物か皆目検討がつかないのだった。
むろん知っていながら尋ねた新一は、そんな高木の返事にもめげずに話しかける。
「中森警部がお冠なのは、彼がまだいるからじゃないですか?」
ほら、自分の現場に口を出されるの、警部は嫌うでしょう?
高木は少し考え込んだ後、
「あ〜。そういえば、そんなこと言ってた気がするなぁ。この間も口を出されたとか、目暮警部にもらしてるのを聞いたかも。」
などと、素直に答えてくれちゃったりしている。
新一は一層艶やかな笑みを浮かべた。
ばっちりしっかりバックミラー越しに見てしまった高木は思わず赤面する。
が、幸いなことに再び思考に沈んでいる新一はそんな高木の様子には気付かなかった。
名探偵のくせにそれで良いのか疑問だが、一度懐に抱き込んでしまえば、あとはどこまでも気を許してしまうのが工藤新一である(笑)。
(待ってろよ、快斗。おめーの仇は討ってやるぜ…!)
もちろんキッドは死んでもいないし、泣き寝入りするほど可愛らしい人物でもない。
その場で思い切りコケにし倒してやった挙げ句、捨てぜりふには散々なことを言ってやり、ちょこっと迷探偵の自信喪失を手助けしたりもしたのだが。
そんなことはお構いなしに、新一は愉しげに笑う。
やっぱ、相手の土俵で叩きのめしてやるのが一番だよな…?
…ちょっと当初の目的を忘れつつある新一だった。
* * *
「C班!何をやっとるんだ、さっさと位置につかんかぁ!!」
現場に木霊するのは、相変わらずの様子の中森警部の怒号である。
本日はいつにも増してご機嫌ななめな彼に溜息をつきそうになりながらも、部下たちはてきぱきと指示に従い定位置におさまっていく。
何と言っても、今夜は、彼の名探偵が現場に来るらしいのだ。
普段ならうんざりしてしまう警部の声にも、今夜ばかりは張り切ってしまう。
…名探偵恋人調査団の名簿には、実は結構二課の皆さんの名前も多かった(笑)。
一課のアイドルは、実は二課においてもあまり変わらないのである。
あまり顔を表さない彼に、むしろその勢いは強いかも知れない。
まあ二課の探偵がアレだからアレなのだが(?)。
とにかく中森警部の不機嫌の原因は、倫敦帰りの迷探偵と日本警察の救世主が、よりにもよってキッドの現場でバッティングするからなのだ。
“探偵”という肩書きがあろうと一般人の事件への介入を、ただでさえ快く思っていない熱血警部である。
それが二倍になるというのだから、不機嫌にもなろうと言うものだ。
「…大体、予告時間まですでに1時間を切るというのに、当の名探偵殿は顔すら出さないじゃないか。」
皮肉たっぷりに、ふん、と鼻息荒く警部が呟く。
と、それを聞いていた者が、興味深げに歩み寄ってきた。
噂の迷探偵である。
どこか間違ったコスプレ姿の彼は、尊大な態度で言った。
「名探偵とは?今夜は僕以外にも探偵がいらっしゃるんですか?」
明らかに自分ではない者を指しての“名探偵”呼ばわりに、耳ざとく問いつめてくる。
警部は鬱陶しげに見遣ってから、鬱陶しそうに眉をひそめ、鬱陶しそうに言った。
「同期の警部の頼みでな。キッドの暗号を解読したとかいう奴を、現場にいれてくれと言われてるんだ。」
「へぇ…キッドの暗号を。」
どうりで、なんだか警官たちがそわそわしていると思いました。
慣れない者が現場に来ようと言うのなら、それも仕方ないかも知れませんね。
迷探偵白馬探は、そんな簡単な理由でことを終わらせようとした。
が。
「しかも悪いことに、彼が暗号解読をしたのは今回だけじゃない。我々だけでは解読出来ない時はいつも彼に頼ってしまうからな。無下に断わるわけにもいかん。」
全く頭の痛い話だ、と首を振る警部。
「それはそれは、一度お会いしてみたいものですね。この僕の思考すら狂わせる予告状を、一度ならず解いたという人物に。」
妙に尊大な態度に嫌そうに顔をしかめ、警部はやれやれと溜息を吐く。
何はともあれ、現場の指揮官は自分なのだから指示を出さなくては、と無線を取り出したのだが……
『C班の方々、申し訳ありませんが位置変更お願いします!』
手にした無線に突如として聞こえてきた、凛と透き通った声。
それは、現場に於いて全ての者の視線と意識を釘付けにするには充分すぎるモノで。
思わず聞き惚れてしまいそうになるが、警部はハッと思い直すと無線機に向かって怒鳴りつけた。
「こらぁ!!何を勝手に指示を出しとるんだ!!」
『申し訳ありません、警部。警部の指示は非常に的確だと思うんですが、どうしても押えておきたいポイントがあるんです。』
「なにぃ?」
『今夜のキッドは……手強いですよ?』
無線越しに、クスリと笑みをこぼす声が聞こえてくる。
警部は訝しげに眉をひそめながらも問いただそうとした。
が、それは迷探偵によって遮られたのだった。
「それはどういう意味ですか?」
『………白馬探偵、ですね?』
「ええ、僕が白馬探です。」
『キッド専任の高校生探偵でしたね。ご一緒出来て嬉しいですよ。』
心にもない台詞を吐きながら、新一はにやりと笑みを深める。
もちろんその場にいない新一の表情など、現場で忙しく動き回る彼らに見えるはずもないが。
警部は、奪われた無線機を再び取り戻した。
「工藤君、一体今どこに居るんだね!?捜査に参加したいと言ったのは君だろう!」
『僕ですか?おそらくキッドの逃走経路になるだろう場所です。』
「逃走経路…?」
『キッドは一度、羽休めにと降り立つことがあるんです。』
そんなことは全く知らなかった警部と白馬は目を瞠る。
もちろん、宝石が本物かどうかを調べるために一度どこかへと降り立つのだが、逃走経路は簡単に割り出せるものではない。
予告状に書かれている場合もある。
或いは、キッドが何を使って逃げるのか、グライダーなら風向きや風力……様々な観点から導き出した答えによってたった一カ所の中継地点を割り出さなければならないのだから。
そうしてそれをやってのけるのが、工藤新一なのだ。
『現場の指揮は二、三訂正させて頂きましたが、警部にお任せします。万が一キッドが逃走を図ったとき、こちらで対応したいと思います。』
「……ふんっ、キッドがこの警備網を突破出来るわけがない!」
語尾荒く言い放ち、警部は現場の指揮へと戻っていく。
白馬はすかさず警部の手から無線機を奪い、まだ先ほどの質問の答えをもらっていないと新一に尋ねた。
「君は工藤新一ですか?」
『そうですよ、白馬探偵。』
以前、テレビや新聞などでよく見かけた、自分と同い年らしい少年の顔を思い浮かべる。
確か両親共に有名人のサラブレットで、実力のない探偵だとばかり思っていたが……キッドの暗号を解けるとなると、相当なはずだ。
何せ、白馬には警察と同程度にしか解読出来ないのだから。
と、無線機の向こうの彼が静かに言った。
『杯戸シティホテルの屋上。』
「え?」
『キッドの逃走経路です。白馬探偵もいらしてみては?』
「…今夜のキッドが手強いとはどういう意味ですか?」
クスリ、とまたもや不適な笑みが聞こえてくる。
『僕がいるから、ですよ。』
* * *
現場は騒然としていた。
てっきりいつものように現場を暗闇にしてから動き出すと思っていたキッドは、警部や迷探偵の思いも寄らぬ行動を起こしたのだ。
そこらじゅうにダミーが出現し、唯一の連絡手段であるはずの無線機ですらキッドの細工がされ、何が本当の指示がわからない、といった状態。
普段と違ったキッドの犯行に警部たちは四苦八苦しているが、キッドを追いつめようと的確に行動をする者もいた。
『E区のキッドはダミーです!F班の方はそのままそこで待機を!』
「あれがダミーなんですか!?」
『キッドはまだあなた方の近くにいます。…人間はそう簡単に消えたり出来ませんから。』
キッドの進入経路と考えられる4カ所の行動班に、予め預けていた無線。
それから伝えられる新一の的確な指示のもと、警官たちは確実にキッドを追いつめることが出来た。
…捜査を始めてから、初めての確かな手応え。
新一からの指示を受けている警官たちは、密かに感嘆していた。
やはり、名探偵は彼しかいない…!
「キッド発見!ほ、宝石を手にしています!」
「ああ、窓から…!?どうしましょう、工藤さん!!」
…すでに上司が替わっているが(笑)。
『わかりました、後はこちらで引き受けます。必ず取り返しますから、現場をよろしくお願いします。』
夜の静寂を壊さないよう、白い魔術師がそびえ立つ摩天楼にふわりと降り立つ。
それを迎えるのは、不適な笑みを口元に刻んだ美貌の探偵。
まるで相容れぬ存在であるはずのふたりは、けれど驚くほど絵になる光景を創り出していた。
魔術師が優雅に腰を折り、探偵の手をそっと取ると軽く口付ける。
愛しさを少しも惜しまない笑みで、探偵は嬉しげに笑うのだった。
「…どうだった?」
「さすがに名探偵は手強い。ですが、やはり現場にいらっしゃらないのは不利ですね。」
そう言ってキッドは、盗んできたばかりの宝石を月に翳す。
その中に望んだ光がなくても、今夜の仕事はやるだけの価値があった。
落胆の色など少しも滲まない顔で、キッドは新一を振り返り。
「白馬探偵をここにご招待したんでしょう?」
「ああ。俺の魔術師を傷つけたんだ。それなりのオトシマエをつけてもらわなくちゃ、な。」
キッドの目が愛しげに細められる。
そのまま抱き寄せようと伸ばしかけた手を、けれどすんでで堪える。
カンカンと響く足音に、ふたりはゆっくりと振り向いた。
「怪盗キッド!!」
肩で息をしながら、現われた迷探偵。
ちょっと頭を疑いたくなるようなコスプレ姿でここまで来たのかと思うと、ホームズにちょっと悪い気さえしてくる。
キッドは嘲りを含んだ口調で言った。
「これはこれは、迷探偵殿。まさかここまで辿り着かれるとは。」
「ふん、当たり前ですよ。大人しくこの僕に捕まりなさい!」
新一に教えてもらった、ということはすっかりどこかへ飛んでしまっている迷探偵。
キッドはやれやれと肩をすくめ、くるりと翻した手に本日の戦利品を出現させる。
「この宝石にはもう用がないのでお返ししようと思いますが……」
「それは…!返しなさい、怪盗キッド!」
怪盗がニヤリと笑う。
そして、高価な宝石をまるで道ばたの石ころのようにポンと宙に放り投げた。
あ…と声を出す間もなく、宝石は弧を描いて探偵の手の中におさまる。
新一の、手の中に。
「貴方に敬意を払い、この宝石は貴方にお返ししましょう。私の唯一認める、名探偵に。」
そう言って、怪盗は優雅に片膝を付き、拝跪の礼をとる。
白馬はその様を茫然と見つめていた。
怪盗キッドの存在に気を取られていて気付かなかったけれど……
彼の、名探偵と呼ばれる人物は、思わず目を瞠るほどの美貌の持ち主であった。
その美貌の探偵は、満足げに笑みを浮かべる。
と、探偵の手におさまったはずの宝石が、ポンッと軽快な音を立てて弾ける。
ポンポン、と続けざまに音を立てながら、新一の手の中には次々と色とりどりの花が生まれていく。
それら全てが本物だというのだから、怪盗の手も相当凝っていると言えよう。
そうして新一の両手一杯に花が溢れた頃に、キッドがパチンと指を鳴らした。
途端にふわりと吹いた風に、花は花弁となって夜風に舞い始める。
幻想的で神秘的なその光景に、白馬は声をなくした。
「名探偵。貴方との対峙を、私はいつでも心待ちにしていますよ……」
夜の静寂を打ち破るサイレンの音。
駆け上ってくる警官たちの足音。
「それでは、そろそろ時間切れのようですので。」
「…確かに宝石は返してもらったぜ?」
「また、お逢いしましょう。」
“…愛してる。”
唇がそう言葉を紡ぎ、警部が飛び込んでくるのと同時に怪盗はビルを飛び降りた。
「待てぇ〜〜!キッドォ!!」
落ちるんじゃないかという勢いで警部が身を乗り出し、部下たちが必死に押し留めている。
せっかくここまで来たというのに、ちょっと気の毒な気がして新一は苦笑をこぼした。
そこへ、そこまで茫然と立ち尽くしていた白馬が話しかけてきた。
「全く、ふざけた男ですね!」
白馬の存在など途中からすっかり忘れていた新一は、せっかくの良い気分を壊され、内心で眉を寄せながらにっこり笑って振り向いた。
その手の中には、淡い翠の輝きを放つ美しいビッグジュエル。
その宝石より魅力的な探偵を見つめながら、白馬は怪盗の文句を言い出した。
「あんな姑息な小細工で僕らの目を誤魔化そうなど!大怪盗が聞いて呆れますね!」
その怪盗に全く相手にされなかった自分は棚に上げ、白馬は新一の気を惹こうと必死に話題を降り続けた。
……白馬探、一目惚れである(笑)。
けれどその話題が自らの首を絞めていることに気付いていないのだった。
が、ついにあることないこと言いだした白馬に、新一はとうとう愛想笑いをかなぐり捨てた。
もともと付き合うつもりもない相手に愛想も何も必要ないか、という結論に至ったのだ。
「キッドのマジックは姑息な小細工なんかじゃねぇよ。歓びをくれる魔法だ。」
「え…?工藤君…?」
「純粋にすごいと思う。綺麗だと思う。だからお前も見とれたんじゃねーの?」
それだけを言うと、新一はさっさと踵を返してしまった。
「あ、工藤さんお帰りですか?送って行きますよー。」
後に続く警官ののほほんとした声を聞いて、残された白馬は悔しげに、たった今の怪盗との対峙を思い出す。
怪盗の唯一認める名探偵は、自分ではなく工藤新一なのだ。
「ですが、あんな泥棒などに工藤君は勿体ない!絶対に捕まえてみせますよ、怪盗キッド!」
既に彼の怪盗が稀代の名探偵に捕まってしまっているとは知らずに、白馬は決意を新たに拳を固めた。
「何が姑息な小細工だよ、あの野郎ォ。」
助手席でぷりぷりと怒っている名探偵に、警官姿の快斗は苦笑をこぼす。
「ありがとな、新一。」
「なにが?」
「俺のために、現場まで出てきてくれたんだろ?」
そう言ってにっこり笑えば、ほんのり目元を赤く染めて、うるせぇと返す新一。
込み上げてくる愛しさを隠しもせずに、快斗は口元を綻ばせる。
「俺のマジックは……歓びをあげる魔法…かな。」
「そうだよ。俺が言うんだ、間違いねーよ。」
なんたって俺は批評家だぜ?
にやりと笑う新一に快斗も同じ笑みを浮かべる。
ふたりが初めてお互いをお互いと認めて邂逅した時、交わした会話。
「だって俺はお前のマジックに歓びや幸せをもらってる。」
「うん…」
「いつか絶対、お前は世界に出て行くんだからさ。」
「うん…」
「だから今は、俺で我慢しとけ。」
顔を背けている新一の耳が赤くて。
快斗はどうしようもなく嬉しくて。
新一の、たったそれだけの言葉は、何よりも快斗に多大な影響を与えるのだ。
キッ、と車が止まる。
新一が振り返り、その手をぎゅっと快斗が握った。
しんと静まり返った車の中で、どちらからともなく引き寄せられ……
そっと、束の間。
影がひとつに重なり合う。
『“君は手品を、汚い犯罪行為に使うのか”って。それを言われた瞬間にさ、人に夢を与えるはずの手品を、親父の誇りを、裏切ってるような気がしちゃってさ。』
『………んだよ、それ!』
『え?』
『キッドのマジックは盗みの手段じゃなくて、警察に対する敬意だろ!?……仕返ししてやる!』
『…は?し、新一?』
『誰が言われっぱなしにするかってんだ!』
『いや、もう仕返しはしたんだけど……って、新一、聞いてる…?』
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