目が覚めたとき、すでに太陽はだいぶ傾いていた。
ぼーっとする頭で新一は時刻が昼前に差し掛かっていることを悟る。
大慌てでベッドから飛び出すと、軍服にマスクをつけてさっさと部屋を後にした。
毎朝七時に曹長から大佐を集めての会議が開かれる。
その習慣に、朝の弱い新一はそれでも遅れたことがなかった。
それが今日はどうしたことか、珍しく寝過ごしたりして。
たった一回だと言え、それが戒律厳しいこの世界で許されるわけもない。
会議はすでに終わってるはずだからと、新一は大佐室へと向かった。
見えてきた扉にノックも忘れて飛び込んで、中にいるのが大佐だけだとわかると新一はマスクを取った。
「悪い、大佐。寝過ごしちまったみてぇ…」
「おはよう、工藤。二人の時は黒羽で良いってば」
何らかの処罰があるだろうと新一は身構えていた。
しかし返ってきたのは快斗のそんな返事で、少し脱力する。
いつまでも話を切り出さない快斗に、新一は自ら本題に入った。
「黒羽。早朝会議に無断欠席した処罰を」
「いや、今回は免罪だ。昨日モヴェールを追い払ったのは工藤ひとりの力だし、疲れているからと俺が許可した」
「それは職権乱用だろう、黒羽。誰がそれで納得しても、俺自身が納得しねぇ。あんな程度で疲れたわけじゃない」
新一は霞む思考で、それでも拒否する。
幼い頃から体も心も鍛えてきた自分があの程度で疲労するはずなどない、と。
けれど、そういえばなぜこんなにも朦朧とするんだろう、と考えて、いきつくのはやはり昨夜の乱闘しかなかった。
しかしそうだと認めてしまうのは癪で、いいから処罰を下せと快斗に詰め寄る。
「これは大佐命令だぜ?お前の欠席は正当な理由があるし、誰も文句ひとつ言わなかった」
「だ、から…」
快斗の言い分に反撃しようとした時、新一は急に足から力が抜けてしまい、その場に片膝を着いた。
どうやら体調が悪いのは本当らしい。
その理由が皆目見当つかないけれど。
膝をついた瞬間、よじれた腹の傷がずきりと痛み、新一の顔は思わず苦痛に歪んだ。
驚いた快斗はすぐさま駆け寄ると、大丈夫か、と言って新一を支える。
と、支えた新一の体が妙に熱い気がして、快斗は新一の額に手を寄せた。
思った通りの高い熱に顔をしかめる。
「お前、すげー熱あるじゃん」
「え…?」
「気付かなかったのか?」
呆れたような声がして、新一は熱に浮かされた瞳で快斗を見返した。
確かに頭がぼーっとするとは思ったが、まさか熱があるとは思いもしなかったのである。
「…ちょっと昨日の傷見せてみろよ」
言うなり、新一が抗議する間もなく快斗は服を捲り上げる。
細くしなやかな体に巻き付けられた痛々しい包帯が目に入った。
白いはずの包帯にじわりと滲んでいるのは、昨日モヴェールに負わされた、恨みの象徴とも言える悔恨の傷。
そっと触れてみれば額よりもずっと熱く、かすかに脈打っていることがわかる。
発熱の原因は言うまでもなくこの傷だろう。
新一は快斗の頭を加減なしの拳で殴ると、捲り上げられていた服を取り返してさっさと身なりを整えた。
殴られた頭を咄嗟にさすりながら痛いと睨み上げてくる快斗をきれいに無視する。
自分より地位も歳も上のはずの快斗のこういうところろは、なぜかひどく幼く見えた。
「やっぱりその傷が原因だろ。じゃなきゃお前が会議欠席するはずねーもん」
「るせぇ、今起きれたのに朝起きらんねーはずないっ」
だから、起きれなかったから欠席したんでしょ!
叫びたくなるその台詞を快斗はぐっと堪える。
きっとこいつは今熱で頭が正常に働いてないんだ、と勝手に決めつけた。
でなければ普段の工藤少尉からこんな意味不明の言葉が出てくるはずがない。
「とにかく処罰はナシだ。大佐命令。絶対ナシ」
しばらく無言で睨み付けていた新一だが、発熱のためいくらか潤んだ双眸には普段の威力はない。
快斗はそれをさらりと受け流す。
どちらかと言うと、発熱のためうっすらと上気した頬で拗ねたように睨んでくる新一の顔が可愛くて、綻びそうになる口元を引き結ぶのに必死だった。
これもどれも新一の素顔を知っている特権だろう。
やがて回廊から慌ただしい足音が聞こえてきて、それが大佐室に向かってきているのだと察した新一と快斗は座り込んでいた体を起こした。
その際新一はしっかりとマスクを被ってしまった。
綺麗な蒼が、新一の顔が、見えなくなってしまうのを少しだけ惜しんで。
快斗は設置された豪奢な黒革の椅子にどっかりと腰掛け、新一は部屋の端に起立した。
ほどなくして駆け込んできたのは、大佐直属の部下である高木中尉だった。
相変わらずノックを忘れてしまう天然ぶりだが、もともとそういうことを気にしない大佐の性格と慣れのおかげですでにそれは問題視されていない。
本人も余程のことがない限りノックしなければならない≠ニいうことを忘れているのである。
一見頼りない中尉だが、こと戦にかけては実力を発揮する頼れる存在だった。
室内に飛び込んだ瞬間慌てふためきながらなんとか敬礼すると、端にいた新一にも気付いたのか、互いにぺこりと腰を折った。
「どうした、高木中尉」
「はっ、申し上げます!本部からの出動要請が届けられました!」
「…本部から?」
それは穏やかじゃないな…。
本部から送られてきた要請を手に取り、高木中尉が丁寧に読み上げていく。
途中、退室しようとした新一も呼び止められ、なんだろうと思いながら注意深く聞いた。
「黒羽大佐率いる、工藤少尉を含む国境警備軍に命ず。現在北西の大門付近にてオール国との抗争が起こっている。十二支部が応戦しているが、事態が深刻化する前に両名率いる警備軍の出動によって鎮圧せよ、とのことです!」
瞼を閉じてその話を聞いていた快斗は、ゆっくりと瞼を開いた。
その動作にうっかり見惚れてしまっていた中尉は、慌てて起立の姿勢を取る。
「要請はわかった。だが、少尉は連れていけない」
「大佐っ!」
「少尉、今のお前を連れて行くわけにはいかない。大人しく休養をとれ」
どうかしたのかな?と暢気な中尉をよそに、マスクの下の新一の顔はどんどん険しくなる。
置いていかれるなんて、しかものんびり休んでいろなんて、冗談ではなかった。
「断わる。本部からの要請だ、俺は行く」
「駄目だ」
「…処罰を下さないと言うなら、それは受ける。だが要請には応じる、絶対だ」
「…」
「大佐命令より本部命令を尊重すべきだろ?」
快斗は癖毛をぼりぼりとかきむしると、腹立たしげに、わかったよ!とだけ言った。
二人の剣幕に押されていた高木中尉は我に返ると、本部に連絡を入れてきますと言って部屋を辞した。
いつも思うことだけれど、大佐と少尉はどういう関係なのだろうか。
少尉である新一が大佐に敬語を使っているのを、そういえば高木中尉は見たことがなかった。
中尉のいなくなった後、椅子から腰を上げた快斗はまっすぐに新一の側へと寄った。
仮面越しで見えないが、きっと思い切り睨んでるに違いない。
迷わずそっと仮面に手を伸ばし、邪魔な隔たりを取り去った。
現われたのは、予想通り睨み付けてくる蒼い双眸。
「…俺、心配してるだけなんだけど?」
「そんな心配必要ない。…争いを、止めないと」
眩しいような白磁の肌にうっすらと浮かんだ汗を、新一は緩慢な動作でぬぐい取る。
再び仮面をかぶりなおすと、もうここには用はないとばかりに部屋を出ていった。
残された快斗はただ、短く息を吐くだけだった。
「軍曹も一等兵も必要ない。俺とお前だけいれば充分だろ?」
抗争鎮圧の為の兵を招集しようとしていた快斗を止めたのは新一のそんな声だった。
漆黒の軍服にすっぽりと身を包み、すらりと佇んだ様子はまるで不調など感じさせない。
だが、それが曲者だ。
普段からどんなに体調を崩していようともそうと悟らせないのが新一の常である。
彼の場合はその言葉や態度を鵜呑みにしているととんでもないことになる。
それはこの三ヶ月ほどの付き合いで快斗は充分理解していた。
今日、いくら素顔を晒している快斗相手と言え人前で片膝を着いたこと自体新一にはあり得ないことで、つまりはそれほどまでに体の不調が著しいのである。
快斗は新一の言葉を信じられないと言った様子で聞いていた。
この状態でついてくると言うだけでも驚きだと言うのに、まだこの男は無茶を言うのか!
「馬鹿言うな。いくらお前でもそんな状態じゃ…」
「冗談で、んなつまんねーこと言わねーよ。ただ、」
掴んでいた馬の手綱をぎゅっと握る。
側で耳を傾ける人に気づかれない程度に。
続きの言葉を紡ぐ前に新一はひらりと身軽に馬へと飛び乗ると、快斗を見下ろしながら凛と言い放った。
「無駄な犠牲はいらない」
そんな新一がなぜか眩しいような気がして快斗はすっと目を眇めた。
どこかで納得してない自分を感じながらも彼の意志を尊重したい自分もいて、快斗は仕方なくそれを了承する。
程なくして大門をくぐった二人は、北西の大門を目指して陽光照りつける砂漠の中を馬に乗って駆け抜けた。
オール国はヴェルトの北西に位置する金鉱の盛んな国である。
金の巡りも良く、五国のうちで最も裕福な国だ。
各国からはオールで発掘される金などを求めて多くの者が商いに訪れる。
よって各国の要人も訪れるオールで揉め事を起こせば自らの国に直接悪影響を及ぼすこととなるため、オールを相手に争いをしようなどと言う者はまずいなかった。
だから尚のこと、ヴェルトは今起きている抗争を早く鎮圧せねばならない。
おそらく数で攻め入ることは簡単だろう。
しかしそれでは今後のヴェルトの位置づけが厳しくなる。
力尽くで、という形はできれば避けたい案であった。
それを理解した上で新一は自分の不調も省みず、最も実力を保持するであろう自身と大佐のみが戦地に赴くことを提案したのだ。
快斗も大佐≠ナある以上私情は後に回すしかない。
正当な新一の意見に対して快斗はと言えば、ただ新一に無理をさせたくないと言うだけなのだから。
それも本人が平気だと言い張るのなら意味のないことであった。
馬に少々の無茶を言って北西の大門へと走り出して半刻。
二人は漸く視界の先に立ち上る砂埃を、耳に届く喧騒をとらえた。
現在応戦しているのは佐藤大佐の率いる十二支部である。
数少ない女性ながらその実力は本物で、その彼女が苦戦を強いられていると言うことは少々厄介だ。
数は五分五分、現在の状況はややヴェルトに劣性と言ったところか。
素早く状況判断を下したところで、前戦に出ていた佐藤大佐がこちらに気がついたようだった。
「黒羽大佐!応援に来てくれたのね!」
頼もしい応援の出現に気を取られたのだろう。
馬に跨り、ほんの一瞬だけこちらへと気を取られたその瞬間、佐藤大佐は眼前に迫ってきた容赦のない一撃を避ける術もなく驚愕に目を見開いた。
無駄のない身のこなしで剣を翻したのは、全身を銀の鎧で固めた、瞳が凍てつくような鋭さを放つ男だった。
声にならない叫びをあげた佐藤大佐の前にすかさず飛び込んだのは――工藤少尉。
ギン、と硬質な音が響いて剣が剣をなぎ払う。
思った以上に重みのあるそれに新一は仮面の下で僅かに歯を食いしばった。
「…この男相手に油断を見せてはならない。この目、まるで戦いの為に生まれてきたような目だ」
「き、君は…っ」
驚いた佐藤大佐が突然現われた黒服の男の名前を呼ぼうとしたが、一瞬早く銀の鎧で身を包んだ男が口を開く。
「ほぅ…その黒装束。お前があの噂に名高い、工藤少尉か?」
「だとしたら何だ」
「面白い。まさかこんなところで会えるとは思わなかった」
伝説の少尉とまで言われる男にな。
喉の奥でかみ殺すかのようにククッと笑った男の声が、空気を震わせる。
新一は男の瞳に浮かんだ昏い色に目を細めた。
「俺の名は陣。オール国本部直属の総督だ」
「…俺は工藤。ヴェルト国第十四支部、黒羽大佐直属の国境警備軍少尉」
「お前はこの抗争の鎮圧に本部からの要請で来た…違うか?」
「そうだ」
やはりな、と陣は楽しげに口元に冷笑を浮かべる。
不思議なことに、それまで各々が派手に争っていたはずの兵が皆一様に動きを止めていた。
張りつめた緊張感に心臓を掴まれながら、二人の静かな、けれど凛然とした遣り取りを呼吸を止めて見守っている。
快斗は疲労困憊している佐藤大佐を保護していた。
しばしの沈黙を破ったのは、陣。
「ひとつ提案がある。乗るも乗らないもお前の自由だ」
「提案とは?」
「お前もさっさとこの抗争を終わらせたいだろう?」
俺としても張り合いのない連中に飽き飽きしてたところだ。
「俺とお前の一本勝負。負けた方の国がこの争いの償いを受ける。どうだ?己の背中に国を背負うのは重すぎるか?」
「――構わない」
「上等」
瞬間、突き刺すような危うい殺気を込めた陣の視線が新一を射抜く。
が、少しも動じない様子の新一に満足げに口角を上げた。
「駄目だ、少尉」
抗議の声は快斗の口から漏れた。
当たり前だが、常ならまだしも今は状態が状態だ。
本当ならこんな戦場などさっさと離脱させ、大人しく眠っていてもらいたいところなのだから。
だが、当然素直に聞き入れるような新一でもなかった。
「状況を良く考えろ、大佐。何が最善策だ?」
「それは、……これだろう…」
「依存はないな?」
「…ああもう、わかったよっ!」
聞き分けのない部下だな。
ぶつぶつと文句をこぼす快斗に向かって、新一は小さくもらす。
「俺が負けると思ってんの?国≠ノ潰されるって?」
「いや、そうじゃないけどさぁ…」
「なら安心しろよ。うまくやるから」
これが一番、犠牲が少なくてすむ。
声にならなかった言葉は、けれど新一をよく知る快斗には容易に読み取れて。
またこの男は自分だけが傷付くつもりなのかと頭を抱えた。
わかってることだ、初めから。
工藤の考えそうなことじゃないか。
そう、いつも黒装束を――
喪色を纏っているお前の考えなんて。
二人の会話に目をむいている佐藤大佐に勝手を詫びて、新一は剣を構える陣へと向き直った。
跨っていた馬から飛び降り、その背中を叩いて退避するよう促す。
その行動に驚いたのはその場にいる全員。
否、快斗のみを除いて。
「…何のつもりだ?」
「別に。俺はいつも戦うときは馬を降りる、それだけだ。別にあんたに強要もしない。そのままで戦えばいい」
驚くのも当然だ、騎馬兵に対して歩兵は明らかに不利なのだから。
この場にいる者全てが馬に乗っている。
そんな中で下馬したのは新一唯ひとり。
陣はくっ、と喉を鳴らした。
「ふん…良いだろう。なら俺もお前に合わせてやる」
陣は自らも下馬すると、鎧で重いはずの体で身軽に着地した。
同じように馬をその場から退かせると、手にしていた長剣を新一に向けてゆっくりと構える。
新一も鞘に収めたままだった長剣を抜き払い、その黒い刀身を顕わにした。
その、どこまでも黒光りする出立に周囲が息を呑む。
「それじゃあ…勝負だっ」
陣の言葉が合図。
利き足を軸に踏み込んで、互いの懐へと一気に入り込む。
剣と剣が弾き合う音がこだました。
振り下ろされた新一の長剣が陣をとらえるが、鎧に阻まれて充分な衝撃を与えることができない。
鋭く切り込まれた陣の剣も、新一の体をぎりぎりのところで捕らえ損ね、軍服にすら掠らない。
足下からは再び砂塵が巻き上がり、斬り込む二人を包み込むように舞った。
けれど彼らは止まることなく…そして響く音もまた止まない。
不意に砂塵の向こうに人の動く気配を感じ、それが何であるかを悟った新一は力一杯叫んでいた。
「大佐!動いた!」
「わかってる、こっちは任せろ!」
一対一だと言い置きながら、オールの軍勢は再び動き出した。
先導するのは陣の部下のひとりである、乙迦。
残りの軍勢は全て受け持つからと、快斗は新一に陣だけに集中するよう促した。
しかし一瞬の隙だとしても、それを見逃してくれるほど易い相手でもない。
「油断は命取りじゃなかったか…?」
切っ先鋭く斬りつけてきた容赦ない一撃に新一は強か肩を穿たれた。
しかし痛みに怯むことなく突き進む。
仮面で表情が見えないため、それはまるで死を恐れない傀儡人形のようだ。
けれどその仮面の下では滅多に崩れることのないポーカーフェイスが崩れていた。
あまりに力強く重たい陣の一撃は、新一の顔を苦痛に歪めさせるには充分だった。
だけどまだ大丈夫。
あの傷ほどに痛くはない。
脇腹の、恨みのこもった傷ほど痛まない。
辺りは再び争いの渦の中へと巻き込まれていった。
その戦渦の中、強大な二つの力が衝突する。
一国の総督を担う残忍な男と、一国の少尉でありながらその男と渡り合う青年。
いや、まだ少年の域を出ない彼の、渾身の一撃が終幕を呼んだ。
弾け飛ぶ剣。
両者からの力に耐えきれず、剣は主の腕から弾け飛んだ。
武器を失ったのは――両方。
「…引き分け、と言うところだな?」
「ちっ…お前、計ったな」
「勝負は勝負。引き分けと言うことで今回は互いにこの場を退こう」
「ふん、仕方ねぇ」
陣が軽く指を鳴らすと、オールの軍勢はぴたりと動きを止めた。
乙迦の率いる軍は彼の指示で退いていく。
「今回はこれで退いてやる。だが次に会ったときは容赦しない」
「ああ、国なんか抜きで勝負すれば良い」
陣は冷たい一瞥を残して、自らも馬に跨り自国へと帰っていった。
残ったのはヴェルトの軍勢と、死傷した者だけ。
新一は血のついていない剣を一振りすると、するりと鞘の中へと収めてしまった。
佐藤大佐は駆け寄るなり、新一に向かって笑顔で言う。
「有り難う、工藤少尉。助かったわ。おかげで国境問題まで発展せずに済みそうだし」
「いえ…どちらが勝っても蟠りができそうでしたから」
「そうね。とにかく今回のことは私からちゃんと本部に連絡しておくから。それにしても良くあの陣に勝てたわね」
あの男、オールでも残忍で屈強だと有名らしいから。
どうりで強いはずだと新一は苦笑する。
計ったわけではない、あれがあの時にできた最善策だった。
本当ならもう少しうまく事を運ぶつもりだったのに、これでは陣はあまり納得しないだろう。
そう思ったがそれは口にせず、ただ佐藤大佐に傷が早く治ると良いですねと言って踵を返した。
すると新一の馬の手綱を握った快斗が待っていて。
「佐藤大佐。死者は丁重に弔ってやって欲しい。任せても平気か?」
「ええ、勿論よ。黒羽大佐も有り難う」
佐藤に向けてそうとだけ言うと、快斗は行くぞ、と短く新一に声をかけた。
こくりと頷いて馬に跨ろうとした新一だが、なぜか馬から飛び降りた快斗にどうした?と聞く。
そのままぐいと腕を引かれて、新一は快斗の馬へと乗せられてしまった。
「…んだよ。」
「もーこれ以上は絶対我侭聞いてやんない」
ふわりとその後ろへ快斗も跨る。
しっかりと片手を新一の腰へとまわして体を固定し、もう片方の手で手綱を握る。
抗議しようと体をよじった新一だが、脇腹の傷が疼いて、しかも快斗にしっかりと掴まれているためにうまく動くことができなくて。
「良いから大人しくしてろって。帰ってる途中に馬から落ちたりしたら冗談じゃねぇ」
「バーロ、そんなわけ」
「ないって言えるのか?あの男と戦った後なのに?…強かっただろ、陣は」
「…ああ」
「この俺に後援なんか頼みやがって」
お前にはもう馬に乗る体力もねーよ。
きっぱりと言い切られ、さすがに眩暈の覚える体では抵抗するのも馬鹿らしくなった新一は「わかった」と短く呟いて、ぐったりと快斗に体を預けてしまった。
普段の新一なら決して寄りかかったりしないのに、今日ばかりはさすがにその気力すらないらしい。
快斗は苦笑をかみ殺して馬を走らせた。
背後には新一の馬が主人を心配げに見遣りながら走ってくる。
(全く、馬ですら気付くってのにお前が気付かなくてどーすんだよ)
快斗は新一の体を落とさないよう腕に力を込め、彼の体を愛しげに抱き締めた。
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新一は意地っ張り。
素直じゃないです、どこまでも。笑。
オール国は黒の組織で決定(テキトウ
陣(ジン)乙迦(ウォッカ)だと思って下さいvv