7月のデイリリー
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不覚だ。
もう何度目になるかわからないその台詞を頭に浮かべ、新一は深い深い溜息を吐いた。
新一は今、毛足の長い絨毯が一面に敷き詰められた二十畳ほどの部屋にいる。
仕事机と資料棚、お茶を沸かしたりするための簡易キッチン、そして部屋の隅には仮眠を取るための簡易ベッド。
その隣の部屋は応接室で、迎賓用のソファやテーブルが置かれている。
趣向に趣向を重ねた…とまではいかないまでも、学費の高い私立高校に相応しい程度には豪奢な造りになっている。
ここは三階建ての校舎の三階、しかも一番景色のいい場所に設けられた学生会室だった。
学生会役員は授業をどんなに欠席しても全て公欠扱いになる。
これも学生を勉学に励ませるための帝都学園独特のシステムだった。
学生とは本来勉強よりも遊びの方が好きなものだ。
つまり役員にさえなれば、学年トップの成績さえ取れば、堅苦しい授業に出ずに済むのだ。
それが目当てで役員になろうとする者も多い。
しかしこれがまたよくできたシステムで、いくら成績トップと言えど授業に全くでなければ当然成績は落ちる。
そんなわけでサボリ癖の激しい役員は大体一学期の任期終了とともにその特権を奪われてしまうのだ。
だが、工藤新一は異例だった。
入学試験を全教科満点で首席通過した新一は一年の一学期から役員に就任し、以来その学年の役員が交代したことはない。
二ヶ月近くも入院していた新一が何の苦もなく進級できたのはそんなわけなのだった。
仕事机に腰掛けて資料整理をしていた新一だが、なかなか思うように進まない。
と言うのも、昨夜の失態がぐるぐる頭の中で回っていて仕事に集中できないのだ。
あれは不覚だった。
彼の前で熱を出したり、まして倒れるなんてとんだ失態だ。
おそらくここ連日の無茶が祟ったのだろうが、それにしても、まさか彼に助けられるとは思いもしなかった。
わざわざベッドまで運んでくれたり、体温計や薬まで用意してくれたり。
終始しかめっ面で強引ではあったけれど好意でしてくれたことには違いなかった。
そして今朝の登校。
初めは「一限から登校なんて珍しい」なんて思った新一だが、ひと言も喋らないのに隣を歩かれれば嫌でも気付く。
彼は学校に行くためではなく新一と登校するため、つまり新一が無事学校に着くかどうかを見届けるために起きたのだ。
それはきっと彼なりに心配してくれてのことなのだと思う。
たとえば「危なっかしいから」とか「気になるから」なんて下らない理由だったとしても、好意がなければわざわざそんなことをするはずがない。
別れ際の言葉も無愛想ではあったけれど、決して優しさがないわけではなかった。
おかげで新一はすっかり戸惑っている。
思い切り最悪な出逢いをした相手なだけに、どう接すればいいのかわからないのだ。
ずっと不干渉を続けてきたのにいきなり親しくなれるはずがない。
それ以前に、下手に親しくすれば彼の身が危険だ。
それならいっそ不仲を演じ続けた方がいい。
けれど、こんなに衝突ばかりしているのに、どうしても彼を心底から嫌いになれないのだ。
椅子に背を預け、新一はきつく瞼を閉じる。
そして思い浮かべる――あの日見た黒羽快斗のマジックを。
新一も大概荷物は少ないが、快斗はそれ以上に物を持っていなかった。
まるで彼の心と比例するように、この学園に全く執着していない彼は必要最低限の物しか持っていない。
その中でただひとつ――
年季の入ったトランプだけが、必要性もないのに持ち込まれた彼の私物だった。
日本においてマジックは海外ほどメジャーなエンターテインメントではない。
純粋にマジックの腕ひとつで名を知らしめるのは容易ではない。
けれど、かつてその日本はもちろん世界中に名の知れた偉大なマジシャンがいた。
――黒羽盗一。
今は亡き世界の宝だ。
その指先から生み出されるそれはまるで魔法のようで、たとえ種を知っていようとも、見事なまでに観客を騙してくれる。
当時、黒羽盗一に息子がいるという事実は全く知られていなかった。
それと言うのも黒羽盗一はその一切のプロフィールを明かさなかったため、彼に息子がいることはもちろん、妻がいることさえ秘密にされていたのだ。
謎めいたマジシャンに世界中の人々はすぐ夢中になった。
マスコミは当然のように彼のプロフィールを暴こうとしたけれど、遂にそれは叶えられないまま――彼は二度と人前に現れることはなかった。
ステージ中の事故。
偉大なマジシャンの唐突すぎる弔報に世界中が涙した。
世界各地の彼のファンは花を手向けようと訪れたけれど、彼の遺骨は家族に引き取られたという噂を聞くばかりで、どこに彼の墓があるのかもわからない。
警察は頑として口を割らないし、マスコミは勝手な憶測を口にするばかり。
とうとう彼の出自は明かされることなく、そして家族の存在でさえ明かされぬまま、黒羽盗一の名は緩やかに消えようとしている。
けれど新一は快斗が黒羽盗一の息子であることを知っていた。
あの何事にも抜け目のない尚也がその事実を見落とすはずはないし、何より自分が気付かないはずがなかった。
尚也の力をもってすれば警察のコンピューターにハッキングをかけることなど造作もない。
彼はおそらく世界でも有数の一流ハッカーだ。
そして新一は自分の目に自信を持っている。
過信する気はないが謙遜する気もない。
あの日、快斗のマジックを見た日、彼があの偉大なマジシャンの息子であることに気付いたのは偶然などではなく必然なのだ。
けれど、新一は俄に信じられなかった。
マジックはそれを見てくれる人間が好きでなければできない。
それはあくまでエンターテインメントであり、人との関わりを断ち切ることのできないものなのだから。
けれど彼はステージ中の事故で早くに父親を亡くし、IQ400の天才児などと騒がれ世間を嫌った。
自分に対する態度や学校での様子を見ていてもとても人間が好きとは思えない。
むしろあからさまなほど嫌っている。
なのに――
あの鮮やかなマジックはどうだろう?
踊るトランプ。しなやかな指先。目を奪う魔法。
「…嫌いじゃ、ないんだ」
マジックが嫌いじゃないように、人間も嫌いなわけじゃない。
ただマジックを誰にも見せないように、きっと本心も頑なに隠しているだけ……
そう新一が呟いた時、唐突に携帯が振動を伝えた。
取り出し見てみれば着信ではなくメールがきている。
差出人が真っ昼間という時間を考慮して着信よりメールの方が確実だと思ったのだろう。
新一は素早く思考を切り替え目を通すと、すぐに席を立った。
教室に戻った快斗はあまりの騒がしさに思わず顔をしかめた。
学生がそこここに集まって深刻そうな顔で話し込んでいる。
わざわざその輪に交じろうとは思わなかったが、こちらを見つけた志保が聞いてもいないのにその理由を教えてくれた。
「工藤君がまた体調崩したみたいで、早退したのよ」
「…へえ」
何でもないことのように答え、けれど快斗の内心は少しばかり狼狽えていた。
しんどくなったら帰れとは言ったが、生憎それを素直に聞くような相手ではない。
その彼が早退とは相当具合が悪いのだろう。
また熱でも上がったのか、それとも誰かの前で倒れでもしたのか。
少し前までは体が弱いなんて全く信じていなかった快斗だが、目の前で倒れられた今はそうも言ってられなかった。
新一はおそらく疲労を溜め込むタイプだ。
そのくせ自覚がないのか人一倍無理をする。
そして周りも「工藤新一」という仮面に騙されて気付きもしない。
「…面倒くせえ」
快斗は徐に鞄を取ると廊下に向かった。
「看病でもしてあげるつもり?」
志保は追いかけもせず、それでも快斗に聞こえるように言った。
その声が大きすぎたからだろうか、ぴたりと立ち止まった快斗に合わせるように教室内の視線が集まる。
こちらの遣り取りにあからさまに聞き耳を立てる彼らに快斗は眉を寄せた。
「そんなんじゃねえけど…」
噂話は大嫌いだ。
それが自分のものだと言うなら尚のこと。
IQがどうだとか成績がこうだとか、そんなことを噂していったい何の得になるのか。
けれど、快斗は笑って言った。
その言葉が誤解を生むと知っていて、新たな噂が立つとわかっていて、それでも言った。
「あいつがいないならこんなところに用はねえな」
その、鮮やかな笑み。
シニカルで、不遜で、どこか嘲笑めいていながら思わず息を呑まずにいられないような、そんな不敵な笑み。
それはこの場の空気を一瞬にして呑み込んだかと思うと、そうした張本人は何事もなかったかのようにするりと扉の向こうに消えてしまった。
後には静寂と魂を抜かれたように呆然とした学生が残るばかり。
志保ですら開いた口が塞がらないと言った様子。
それは、快斗が初めて見せた笑顔だった。
この学園に転入してからと言うもの彼はいつも不機嫌そうな仏頂面ばかり浮かべていた。
話しかけても遠目に眺めていても睨まれてしまう。
それがどうしたことだろう、あんな威圧的で目も眩むような笑みを浮かべるなんて、誰が想像できただろうか。
しかも――あんな爆弾発言を残していくだなんて。
その話はあっと言う間にクラス中、学年中、果ては学校中に広まったのだが、そんなことなどつゆ知らず。
快斗は寮への道をとぼとぼ歩きながら、クラスメイトたちの先ほどの表情を思い出し、くつくつと喉を鳴らしながら笑った。
(別に嘘は言ってねーし)
もともと彼の具合が気になって登校したのだ。
登下校中に倒れられでもしたら大事だし、また色黒関西人に絡まれるのも御免だ。
大体にして熱があるくせに無理して学校へ行こうなんてした新一が悪い。
いつも何かと理由をつけてはさぼっていた、学校という場所に全く関心のない快斗にしてみれば有り得ないことだった。
それほどまでしても行きたかったのか、或いは行かなければいけない理由があったのか……
何にしても、彼の性格的に考えれば「学校が好きだ」なんて死んでも言いそうにないことは確かだ。
すっかり顔なじみになってしまった守衛さんは、今日もまた時間よりずっと早く帰ってきた快斗に困ったような笑みを向けるだけで寮内に迎えてくれた。
少し白髪の交じる人の良さそうな彼はどこか父の付き人だったという老人と似ていて憎めない。
快斗は鍵を取り出して部屋に上がるが、そこに新一の姿はなかった。
昨夜の熱は随分高かったし、また主治医のところにでも行っているのかも知れない。
早退したはいいけれど手持ちぶさたになり、快斗は机の引き出しからトランプを取り出すとベッドに腰掛けてトランプを広げた。
快斗は好んで誰もいない時にマジックをする。
快斗にとってマジックは忙しかった父が残した唯一の思い出であり宝だった。
ショーだ何だと世界中を飛び回る父は、それでも暇を見つけては自分を目一杯構ってくれたが、まるでそれしかできないかのようにいつだってマジックを見せてくれた。
ステージの上では言葉巧みに指先鮮やかに観客を魅了するマジシャンも家族の前では笑ってしまうほど不器用な男だった。
快斗も快斗で飽きることなく見るものだから、仕舞いには付き合わされる母が真っ先に音を上げるのだ。
それは何ものにも代えることのできない、快斗にとって何よりも大切な記憶。
それゆえ、誰にも踏み込まれないよう、誰の目にも触れないところで快斗はマジックをし続けてきた。
それを見られたのが、先日。
相手はよりによってずっと啀み合ってきたルームメイト。
けれど、あくまで共同部屋なんかで練習していたこちらの不注意である以上突っかかるわけにもいかず、快斗はシカトを決め込んでいたのだが……
じっと見据えて逸らされない眼差し。
自然、快斗の指先は熱くなった。
誰かが――彼が、自分のマジックを見つめている。
快斗はその視線を逃がさないよう一心に手を動かし続けた。
手の中で踊るトランプが右に左に動く度、消える度、現れる度に、彼が思わず漏らした吐息の熱さが快斗の心を揺さぶり起こす。
それは、忘れていた「歓び」だった。
自分のマジックに驚き、息を呑み、感嘆し、溜息する。
その表情、零れ出た呟きさえ、マジシャンにとってこれ以上の歓びはない。
その瞬間快斗は思い出した。
マジックはひとりでするものではなく、誰かに見せるため、誰かを歓ばせるためにするものだと言うことを。
もっと驚いて欲しい。もっと歓んで貰いたい。
彼はその感情を快斗に思い出させてくれたのだ。
それから快斗は時間も忘れ、新一が帰ってくるまで夢中でマジックを練習し続けた。
そして漸く新一が帰ってきたのは四時を回る少し前だった。
授業にちゃんと出ている学生が帰ってくるのは五時過ぎ、部活に入っている学生はさらに遅くなるので、寮にはまだほとんど人がいない。
階段を上ってきたあたりで気配に気付いていた快斗はベッドの上を片づけると、入ってきた新一に何食わぬ顔で視線を遣った。
サボリ魔の快斗が帰宅していることなど少しも珍しくないため新一は驚きもしなかったのだが、
「早退したって?」
「…ああ」
話しかけられたこと、しかもごく自然な口調だったそれには少し戸惑ったようだった。
そして答える声がどこか上の空であることに快斗は気付いた。
「具合悪かったんなら休めよ」
「いや…、主治医に心配されて呼び出されただけだし」
その割りには随分と時間が掛かったなと思ったけれど、そこまで突っ込んで聞くのも憚られて快斗は口を閉ざした。
新一は相変わらず心ここにあらずと言った様子で何かを一心に考え込んでいる。
と言うのも、普段の彼なら絶対にしないような行動――たとえば彼にとって何より大事な本の上に気付かずに物を置くなど――をしている。
けれど快斗が訝しげに眺めていると、突然はっと気付いたように新一が振り向いた。
視線がぶつかり、沈黙が降りる。
暫くして、思い切ったように新一が言った。
「今日は、……悪かった、な」
そのままぷいと顔を背けてしまう。
お世辞にも聞き取りやすい声とは言えなかったけれど、それでも快斗には聞こえてしまった。
途端に心臓が騒ぎ出す。
押し出された血が全身を巡るに合わせて体中の温度が上がった。
見れば、新一の頬にも微かに赤みが差している。
柄にもないことを言われてらしくもなく動揺してしまった快斗同様、柄にもないことを言った新一もまたらしくもなく動揺していた。
それまではお互いにコミュニケーションをはかるつもりなど全くなかったものだから、必要最低限の会話しか交わしてこなかった。
たまに気にくわない相手に皮肉や暴言を吐き合うことはあっても、こんな風に礼だの謝罪だのを言われたことはなかった。
それが突然そんなことを言い出すものだから、快斗も咄嗟に反応することができなかったのだ。
それからはもう非常に気まずい沈黙になった。
いい年した高校生が二人、同じように顔を染めて向き合っているなんて、端から見ればまるでコメディだ。
それでもこの時の快斗と新一はお互いにいっぱいいっぱいで、そんな客観的見解を冷静に考えられる余裕など微塵もなかった。
やがて、先に硬直の解けた快斗が口を開いた。
「別に俺、何もしてねえし…」
けれど漸く口にできたのがそんな台詞で、またしても可愛げのない台詞に快斗は顔をしかめるが、
「俺も…別に言いたかっただけだから」
そう答えた声にいつもの不機嫌さはなく、言いたいことをちゃんと理解してくれた新一に安堵した。
まだなんともぎこちないけれど、快斗も新一もここにきて漸く少しずつ変わってきている。
少なくとも前ほど相手のことを疎ましく思わなかった。
もともと嫌っていたわけではないけれど、どちらも人付き合いが不器用なのだ。
性質は違えど快斗も新一も似たような「仮面」をつけて生活してきた。
けれど二人の出逢いはあまりに唐突だったため、彼らは常に被っていた仮面をかぶり損ねてしまったのだ。
それゆえ、二人はこの肉親より近しい他人にどう接したらいいのか分からなかった。
それからの二人は気持ちを改め仲良く手を取り合い――なんて器用な真似が彼らにできるはずもなく。
なんだかそわそわした落ち着かない空気の中、やはりひと言の会話もなくいつものように夜は更けていった。
途中、帰宅した尚也と平次に誘われるまま快斗も渋々食堂に降りて夕食を済まし、昼間の学校での爆弾発言がすでに噂になっていることを知った。
複雑な事情を抱えているらしい新一は随分動揺していたけれど、その理由を知っている快斗は別段気にした様子もなく、また昼間言葉を交わした尚也もそれについてはただ楽しそうに話すばかりだった。
その日から、快斗は学校に行くことが多くなった。
と言うのも、なぜかあの爆弾発言以来クラスの連中から怯えた目を向けられることが少なくなったのだ。
相変わらず物珍しげな色はあるものの、以前のような不快さはあまり感じない。
しかも怖々ながらも話しかけてくる者まで出てきた。
大抵は下らない用事だったり噂話をふられたりするのだが、素っ気なくとも返事をすれば予想以上の反応が返ってきた。
まるで有名人や芸能人でも相手にしているようなその態度は、工藤新一に対する一種崇拝めいた態度とどこか似ているようにも感じた。
宮野志保曰く、
「あれ以来貴方のファンが急増してるそうよ」
とのことだが、快斗にとっては迷惑極まりない。
そして同じくその頃から新一は頻繁に早退するようになった。
大体昼休みの時が多いが、早い時は一限目の最中に早退することもあった。
快斗は新一とは別のクラスだったけれど彼の話はすぐ広まるので、自然と快斗の耳にも入ってしまうのだ。
とにかくそんなこんなで一気に周囲が騒がしくなってしまった快斗は、それゆえすっかり忘れていた。
数日前に絡んできた三年の存在など。
あれ以来一緒に登校するようになった新一はいつものように早退してしまったため、快斗はひとりで校門を出た。
すると、ご丁寧にもずっと待ち構えていたのだろうか、そこには三宅と柄の悪そうな男が数人立っていた。
もちろん快斗は三宅の顔を覚えていたが忘れたふりで前を通り過ぎようとして、ずいと前に出たひとりの男に鞄を蹴り飛ばされてしまい仕方なく足を止めた。
174はある快斗を見下ろす彼はゆうに180はあるだろう。
男は脂下がった嫌な笑みを浮かべている。
鬱陶しそうに溜息を吐いた快斗に、三宅は得意げに言った。
「おまえ、母親と二人暮らしなんだろ?おまえみたいなのをわざわざ帝都に入れるなんて、おまえの母親はよっぽど見栄を張りたいらしいな。まあ、サボリ魔の天才少年じゃ高が知れてるけどな」
快斗の眉がぴくりと動く。
分かりやすいほど安い挑発だが、ことこの件に関しては、快斗は自分を抑えるつもりなど欠片もなかった。
「…安心しろよ。下手な小細工なんかしなくったって、売られた喧嘩は買ってやるぜ?」
そのあまりに幼稚な手段に快斗はクッと笑みを漏らした。
唇の端を持ち上げて、背筋が震えるほど冷たく嗤う。
そのあからさまに馬鹿にした態度に、途端、三宅は顔を真っ赤にして声を荒げた。
「舐めた口ききやがって、後悔するぞ!」
そんな台詞までお決まりで、快斗は呆れたように溜息を吐いた。
もう少し独創性のあることが言えないものか、と。
「今夜八時、この場所にひとりで来い。もし来なかったり誰か連れてきたりしたら、おまえもあのルームメイトと同じ目に遭わせてやる」
三宅は押し付けるように一枚の紙切れを渡すと男どもを連れて帰っていった。
快斗は再び呆れたような溜息を吐いた。
紙切れに書かれている店の名前は快斗も良く知っている。
帝都に入学し遊び歩いていたこの一ヶ月で快斗はこの辺りの大体の地理を理解していた。
すっかり馴染みになってしまった店もいくつかあるし、その中でここだけは行くなと言われている界隈があることも知っていた。
そこには少し危ない連中がうろついているのだと言う。
全身黒服だったりいかにもチンピラらしい格好をした連中――つまり、一般に言う組関係者がその界隈を仕切っているのだ。
そう言えば、三宅と言えば黒いことをして成り上がったと噂される不動産屋ではなかったか。
ともすればその方面の知り合いがいてもおかしくない。
だと言うのに快斗はあくまで面倒くさそうにするばかりで、その表情には怯えも畏れも少しも浮かんでいなかった。
B / T / N
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ようやくうちの快斗らしくなってきた!
さー、これから!