「白馬大佐!白馬大佐はおられるか!」


 動揺に上擦った声を上げながら回廊を駆ける足音に白馬はゆっくりと鞘から剣を引き抜いた。
 扉の横にぴたりと控え、それが開く瞬間を注意深く待つ。
 やがて勢いよく開かれた扉から顔を出した宰相の首もとに白馬は剣を突きつけた。


「何を慌てておられる、中森宰相。王の御前ですよ」


 その低く抑え込まれた声音に微かに肩を震わせ、中森宰相は慌てて申し訳ありませんと拝跪の体を取った。
 白馬はゆっくりと剣を鞘におさめる。


「どうされたんですか、宰相殿」


 あまり器用ではないが公務にはあくまで誠意を持って取り組む宰相の慌て振りに、尋常でないことなど先刻承知済みだ。
 先ほどとうって変わって穏やかな口調の白馬に中森は慌てて面を上げた。


「王にお目通りをと申す者が大門に…如何致しましょう?」
「我が国は今鎖国状態です。シエルを除く四カ国が戦を起こそうと言うのならば私たちは一切関与しないと、そう告げなさい」


 悠然と玉座に腰掛ける現シエル国王はきっぱりと告げるが、しかし、と中森宰相は遠慮がちに申告する。


「それが、目通りを願っているのはどうもモヴェールのようなのですが…」
「モヴェール?」
「はい、それも…嘘か真かまだわかりませんが、モヴェールの王と名乗ってます」


 王の目つきが変わる。
 鋭利でありながら穏やかな双眸がすっと細められ、その中にはどこか懐かしむような色がちらついていた。
 王は玉座から立ち上がると、無言のままに歩き出す。
 警護の者が慌ててその後を追った。


「どうされました、王?」


 何事かと訝しむ白馬が問いかければ、王は歩みを止めずに言った。


「その者と話します。すぐに宮殿へ招き入れなさい」










 初めて訪れた国の風情を堪能する間もなく、新一とキッドは宮殿へ招き入れられた。
 当然のように彼らのまわりは警兵たちが取り囲んでいる。
 たとえ王族であろうともこちらはモヴェール、人間とは相容れない存在なのだから仕方ない。
 その身分すら本物であるのか、彼らには真偽をはかることができないのだから。
 しかも新一はキッドを連れているだけで、王というにはあまりに軽装すぎることが彼らに不信感を与えているのは言うまでもない。

 だがそもそも新一に警護など必要なかった。
 軍人としての剣の腕はもちろんのこと、本人に使う意志がなくとも今では力≠ワであるのだから傷ひとつ負わせられることはないだろう。
 そして白の砦を護る戦士であるキッドもまたかなりの実力者だ。
 逆に大勢で赴けば、或いは新一ひとりでは収集のつかない事態に陥るかも知れない。
 そう考えればたった二人でも確実に事を済ませられる方が賢明だと判断したのだ。


『彼らは話を呑むと思いますか?』


 今まで沈黙していたキッドが不意に声をかけ、新一は宮殿内の装飾に巡らせていた視線をキッドへ向けた。
 振り向いたその神々しいほどの美貌に、見慣れたはずのキッドですらほんの刹那視線を奪われる。
 まるで魂を根こそぎ持って行かれるような感覚。
 現に、新一を一目見た者は少なからず浮き足立ってしまっていた。
 さすがに宮殿というだけあって兵士は精鋭を集めているため公務はそつなくこなしているが、彼に見とれずにいられた者はひとりもいない。

 新一は今、モヴェールの光の王として正式な装束を身に纏っていた。
 幾重にも重なる純白の衣が腰のくびれに合わせてしっかりと結わえられ、彼の細腰を一層強調している。
 右肩から斜めにかけられたローブのような布には銀糸で美しい刺繍が施され、至る所に石で砕かれたような細かい宝石がちりばめられている。
 涼しげな首もとや手首、布の隙間から覗く足首にも歩く度にシャラシャラと繊細な音色を奏でる美しい装飾品が煌めいている。
 けれど、それらは全て彼を引き立てるためのものでしかないのだ。
 未だ少年期を抜けきらない顔はどこか中性的な魅力を醸し、意志の強さが柳眉や口もとに顕れている。
 白磁のような白い肌と漆黒の髪のコントラスト、そしてその中心にあるのは額に嵌められた銀のサークレットよりも心奪われる蒼い瞳。
 たとえ人間にその瞳の輝きが見えなくとも、それは充分に特異さを誇示していた。

 キッドの問いかけに新一がにやりと口角を吊り上げる。
 無表情だった顔に悪戯な色が浮かべば、まるで人形のようだったそれが一瞬にして人間らしくなった。


『どうあっても呑んで貰うさ。それにこっちには最強の切り札があるだろ?』
『ああ、快斗ですね』
『そういうこと。だからキッド、絶対にその顔晒すんじゃねぇぞ』


 ただでさえそっくりなんだからと、未だ彼らの繋がりを知らない、たとえ繋がりがあったとしてももう尋ねる気のない新一は苦笑しながら釘を打つ。
 丁度その時、扉が開かれた。

 ざっ、と新一たちの警護をしていた兵士たちが拝跪する。
 キッドも新一の隣から一歩退き待機する。
 王が現れたのだ。
 新一は扉から入ってくる人物にゆっくりと振り返った。


「お待たせして申し訳ありませんでした、客人。私がシエルの現国王、千影と言います」


 シエルの国王は女性だった。
 彼女は前王の妻、そして――快斗の母親でもある。
 夫を亡くし息子を失って尚、哀しみをひた隠し民を導く大任を放棄しなかった女性。
 彼女が姿を現わしたときにキッドの瞳が懐かしげに揺れたことは布の下に隠され、誰にも気付かれることはなかった。

 新一は逸る鼓動を抑えて頭を垂れる。
 こちらへ歩み寄ろうとする彼女の後ろに白馬大佐が従っているのを見て小さく吐息した。
 もしかしたらとは思っていたが、まさか本当にここで顔を合わせることになるとは。
 少しやり辛いなと思う新一だがやや俯きかけていた顔を上げると真っ直ぐ彼女に視線を据えた。


「お会いできて光栄です、シエル国王。私の名はコナン。モヴェールの王です」


 そこで漸く正面から顔を突き合わせた二人。
 と、新一の顔を見た途端彼女の表情が驚きに変わり、新一は訝しげに目を眇めた。
 その後ろの白馬が瞠目しているのはわかる。
 彼とは一度顔を合わせたことがあるのだから仕方ないだろう。
 けれど今日初めて会った彼女に驚かれるとはどういうことだろうか。
 だが新一の疑問はすぐにとけた。


「…ユキ、コ…」


 彼女の口から出たのは新一の母親の名前。
 今度は新一が瞠目する番だった。


「貴方…、貴方は本物の光≠フ王ね。だってそんなにもユキコにそっくりなんだもの…」


 一瞬全ての動きを忘れていた新一はその言葉に我に返った。


「母をご存知なのですか…?」
「良く知ってるわ。ユキコはもともとシエルの国民だったし、それに彼女は私の夫の親戚だもの」
「親戚…」
「それにユキコの夫…貴方の父上である優作さんも、シエルの国民だったわ」


 母がシエルの人間だったというのにも驚きだが、優作もこの国の人間だったとは。
 初めて知らされた両親の過去に新一は驚きを隠せなかった。
 モヴェールの光≠セったのだから母は当然モヴェールなのだろうと思っていた。
 だから、二人の過去に興味がなかったわけではないけれど敢えて聞こうとも思わなかった。
 それが、母も父もかつてこの国の民だったなんて。
 この――快斗の愛した国で生まれ育ったなんて。
 新一同様、キッドや白馬も目を見開いていた。


「優作さんはかつてこの国の宰相で夫とはとても仲が良かったわ。国王と宰相と言うよりは悪友って感じだったけれどね。そして盗一さんが可愛がっていたユキコと、優作さんが結婚したのよ」
「…父も母もシエルの国民だったなら、なぜ、…私はモヴェールの光≠ネんですか?なぜ母は光≠セったんですか?」


 次々と明かされていく過去に新一はつい目的を忘れ千影へ詰め寄ってしまう。
 キッドは止めようとして伸ばした手を、けれど何もせずに下におろした。

 考えているのかも知れない。
 否――考えずにはいられないだろう。
 もし新一がただの人間として生まれてきたなら。
 もしユキコが光≠ネどに選ばれなかったら。
 その力を畏れた人間が彼女を殺そうと大戦を起こすことなく、戦争の利益に目が眩んだ愚か者に平和を唱えたシエル国王が殺されることもなく――
 快斗が復讐に囚われることもなかったかも知れない。
 そうなれば新一と快斗が出逢うこともなかったのだろうが、そう思わずにはいられなかった。


「光≠ニいうのは何もモヴェールから生まれるものじゃないと、ユキコの前の光≠フ王を看取った魔女が言っていたわ。特異な力を持った人はごく稀に生まれてくる。そして光≠ェ死んだ時、最も強大な力を持っていたのがユキコだった。だから魔女は彼女を次期光≠ニして選んだのだと言ったわ」


 魔女の名は紅子。
 永遠にも等しい悠久の時を水のように流れる、美しき歴史の傍観者。
 その魔女が今も優作と懇意だとは新一の知らないことだ。
 何者にも靡かない絶対中庸である紅子が優作に懐いているのは、或いはユキコを光≠ニ選んでしまった彼女の謝罪の気持ちなのかも知れない。
 その真意は誰も、おそらく魔女自身も知らないことだけれど。


「大戦でユキコが死に、優作さんも行方が知れず、子供たちも死んだとばかり思っていた。…夫も死に、息子も行方を眩まして…!」
「――王!」


 千影の頬を哀しみの涙が濡らしていく。
 側で控えていた白馬が声をかけたが、それよりも早く新一の背後で控えていたキッドが彼女にハンカチを差し出した。
 驚く彼らには構わずにキッドは再び新一の背後に戻る。


「有り難う…大切な者は全て失ってしまったと思っていたから、ユキコの息子である貴方に会えてすごく嬉しいわ」


 会いに来てくれて有り難うと呟く彼女に新一は一歩踏み出す。
 ここからが本題だ。


「シエル国王。私は貴方のその最愛の息子の行方を知っています」


 にっと笑う新一に、千影の涙がぴたりと止まった。










 今夜はもう遅いからと勧められた部屋で新一とキッドはくつろいでいた。
 今の新一にとって距離とはあってないようなものだからと断わったのだが、どうしてもと上機嫌な千影に止められて仕方なく宮殿に留まることになった。
 とは言え極力力を使いたくない新一にしてみれば有り難くもあったのだけれど。

 新一はあのジャラジャラした着心地の悪い服をさっさと脱ぎ捨て、ラフな格好に着替えている。
 王と従者をひとつ部屋に寝させるわけにはいかないとキッドとは別々の部屋を用意してくれたのだが、今後のことを話し合うためキッドは新一の部屋へ来ていた。

 キッドも人目はないからと顔を覆っていた布を外していたのだが、突如として響いたノックに再び被りなおした。
 入ってきたのはシエル本部の大佐、白馬探。
 来るだろうと予測していた相手だから新一はさして驚かなかった。


「失礼致します」
「どうぞ」


 備え付けのソファに相手を薦め、その向かいに新一も腰掛ける。
 キッドは相変わらず新一の背後に控えているだけだった。


「…コナンと、名乗っておられるんですね」


 いきなりの確信をつく言葉を新一は苦笑で肯定する。
 だがそれをどうとったのか、白馬は表情を険しくして問いつめた。


「貴方は本当にモヴェールの王なのですか?」
「ああ」
「僕はとても信じられない。もしそうだとするなら、なぜ軍人などになったのです。貴方はヴェルトの工藤少佐でしょう?」
「何言ってるんだ。工藤少佐は処刑され、もうこの世には存在しない。違うか?」


 白馬は今気付いたとでも言うようにはっと息を呑んだ。
 そう、確かに新一は鈴下に自分を殺すよう頼んでいた。
 つまり形式上工藤新一≠ヘもうこの世に存在しないのだ。
 どうしてそんなことをする必要があるのか、あの時はさっぱりわからなかったけれど、新一があの時すでにどう動くかを決めていたのなら納得できる。
 だが問題はそんなことではないのだ。


「…百歩譲って、貴方が正式なモヴェールの王だとしましょう。ですが、たとえどこの誰だろうと、この国まで戦に巻き込むことは許せません!」


 新一の要求に対する王の返事を快く思ってないのだろう、白馬は思わず剣に手をかけようとしたのだが……
 喉元に、ぴたりと。
 いつの間に背後を取ったのか、キッドが短剣を白馬に押付けていた。
 ごくりと息を呑む振動につられ短剣が僅かに上下する。
 新一は慌ててキッドを止めた。


「止めろ、キッド」
『…』
「最初に反対したあんたならこいつの気持ちはわかるだろ」
『…確かに。失礼、大佐殿』


 剣をおさめたキッドに胸を撫で下ろし、新一は白馬に「すまない」と謝罪した。
 白馬も「僕の方こそ」と言って頭を下げる。
 国や民を思ってのことだと知っているから、新一も白馬もそれ以上そのことについては何も口にしなかった。


「シエル国王には意外なほど快い返事を頂いた。俺はこれを最大限に利用させて貰う。だがこの国を直接戦に関わらせる気はないから、安心してくれ」
「いえ…王の決められたことに僕は口を出せませんから。…ですが…」
「わかってる」


 新一は組んだ手に額を強く押し当てながら白馬の言葉を切った。


「全て、俺に任せてくれないか」


 そう言った新一の瞳の強さに白馬は何も言えなくなってしまう。
 その瞳に宿る覚悟の違いに気付いてしまったから。

 新一も白馬も望むものは同じだ。
 戦がなくなれば良いと、誰も傷付かなければいいと思っている。
 ただ違うのは戦に関わらないことで国民を守る覚悟を決めた白馬に対し、新一は自らの力を持って戦を終結させる覚悟を決めたこと。
 保身か前進か、どちらが正しいなど答えがあるわけはないが……いつまでも保身で保たれる平和がどれほどのものか、白馬は身をもって知っている。
 だから、


「きっと終わらせる。モヴェールとの大戦以来流されてきた血を、モヴェールの王である俺の力で止めてみせるから」


 その言葉を信じたいと思った。
 強気に微笑む新一に白馬は深く頭を下げたのだった。


「お願い、できますか…」
「ああ」
「もう誰も血を流さないよう、」
「わかってる」
「――この剣を、棄てられるようになりますか…!」


 膝の上で強く強く握り込まれた白馬の手は微かに震えている。
 まるでその思いの強さを伝えるかのように。
 新一は白馬に顔を上げさせると、まるで不安など何もないかのように笑って言うのだ。
 揺るぎない眼差しで、いっそ気持ちいいほど豪然と。


「なるさ。だからともに戦って欲しい」
「…わかり、ました…」


 白馬は涙の滲む瞳で苦笑を返すとおもむろに立ち上がった。


「お邪魔しました。僕はこれから全力で貴方に協力します。明日、…明日の招集で今の全てを話すのですね」
「ああ。明日も…キッドと二人で赴くから」
「はい。明日また会いましょう。では僕はこれで…」
「…有り難う、白馬大佐」


 その言葉に白馬ははにかんだような笑みを返した。





 扉が閉まった途端に新一は背後から肩をぐいと引かれ、どんと壁に押付けられた。
 見れば、いつの間にか顔の布を取り去ったキッドが怒り顔で新一を睨み付けている。
 新一は怪訝そうに眉をひそめた。
 キッド、と呼びかけようとして、けれどキッドが先に口を開いた。


『いい加減にしたらどうですか』
『…あぁ?何言ってんだお前』
『いい加減、そのヘラヘラした笑顔を貼り付けるのをやめたらどうかと言ってるんですよ』


 新一の気配が一気に固く冷たくなる。
 威嚇するようにキッドを睨み付けたが、それ以上の冷たい瞳を返されて新一はキッドの腕から逃れることができなかった。


『初めはコナンに。次は貴方の幼馴染み、モヴェールの民、そしてシエル国王に白馬大佐まで。いったいどれだけその笑いを振りまけば気が付くんですか』
『…気付くって、何に』


 睨み付けながらそう言い放つ新一は本当にわかっていないのかと、キッドは瞳を眇めた。
 ならばどうしてこんなに不機嫌になると言うのか。
 その理由にすら気付けないとは、なぜこんなにもこの人は自分の心に鈍いのだろう。

 キッドは冷たく睨み付けていた瞳を和らげると、優しく新一の体を抱き締めた。
 それに驚く新一は無視して、壁と自分の体に阻まれて身動きの取れない新一にまるで子供に言い聞かせるかのように呟く。


『貴方は、世界を背負ってひとりで立って笑っていられるほど強くない』
『な…っ』
『ひとりで泣かずにいられるほど強くないんですよ、新一』


 まるで赤子をあやすかのように、キッドの指が新一の髪を梳いていく。
 けれど新一はぎゅっと手を握りしめるとキッドの体を引き離した。
 涙が滲みそうに歪んだ顔で言う。


『…、たって…』


 唇が震え、うまく言葉にならなくて。
 けれどここで言い返せなければ、何か耐えてきたものが全て崩れていってしまいそうで……
 零れだしたのは、掛け値なしの心の叫び。


『…強くなくたって!俺はやらなきゃならない!強くなくたって、…俺は泣けないんだよ…!』


 だって、もうあの腕の中には帰れなくて。
 弱音を吐くのはあの腕の中だけだと決めているから、もう泣くこともできなくて。
 だから、…突き進むしか道はなくて。

 けれどキッドはどこまでも優しく言うのだ。
 快斗にそっくりの顔で、声で、彼しか知らないはずの新一の好きな仕草でゆっくりと髪を梳きながら。


「泣けよ、新一。辛い時は泣いたら良い。泣きたい時は俺の胸を貸すから、だから、自分の中に溜め込まないでくれ」


 キッドの口から紡がれる言葉は快斗のものだった。
 普段の彼の馬鹿丁寧な言葉とは違う、砕けた中にも真剣さを感じさせる口調。
 違うと知りながら新一は錯覚してしまう。


『…ぃ、と…?』
「お前には俺もついてるし、志保ちゃんやあの一等兵も、それに親父さんだってついてるだろ?」
「…かい、と…っ」
「無理な笑顔ばっか張り付けてないでさ。たまには本音を吐き出してくれて良いんだよ?」


 違うと、わかってる、のに。
 この顔もこの声も新一の大好きなものと同じで。
 伝わる熱も鼓動を打つ速さも何もかも快斗のもので。
 今までずっと堪えていたはずのものが呆気なく溢れてしまう。


「――、ぃ…」


 いつの間にか、笑顔の奧に閉じこめたはずの感情とともに涙が溢れていた。



「逢いたい、逢いたい、逢いたい、…快斗っ!」



 キッドの胸元をぎゅっと握って、悲鳴にも似た慟哭を吐き出す。
 今にもしゃがみ込んでしまいそうな新一の体をキッドはしっかりと抱き留めた。
 そこに気丈に笑う彼の姿はどこにもなく、ただ幼い子供のように泣きじゃくる彼がいた。


「快斗に逢いたい…逢って、お前の顔見て、声聞いて、ガキみたいに騒いでっ」
「うん。新一」
「それで…っ」


 新一が顔を上げる。
 キッドをまっすぐ見つめてくる、涙とともに零れてしまいそうな蒼い瞳。


「それから、ずっと、側にいたい…」


 どうしようもなく胸が苦しくなって、キッドは快斗がそうするように、止まらない涙を優しく指で掬い上げた。


「ほんとは、世界も戦争もどうだって良いんだ。全部棄ててお前の側にいたいんだ」
「うん…」
「だけど俺はお前を止められない。お前は戦火の中に飛び込んじまう。飛び込んで、そのまま死ぬ気なんだ。俺を、置いて…!」
「…新一」
「俺はお前を死なせたくねぇ。だから戦争を止めなくちゃ…」


 泣いてる暇はないんだと、頭を抱えて首を振る新一をキッドは優しく抱き締めた。
 ぽろぽろと涙を流し続ける瞳の前に手を翳す。
 すると糸が切れた人形のように新一は意識を手放した。
 力が抜け傾いた体をキッドが優しく抱き留めて、その額に小さく口付けると新一をベッドに丁寧に横たえた。

 少し狡い手ではあったが新一に本音を吐き出させてやることができて良かったと思う。
 でなければ、快斗のためにならどこまでも自身を追いつめかねない新一の心は壊れてしまっていたかも知れない。


「…こんなに抱えて。快斗の恋人は快斗に似て全くばかですね」


 けれどキッドはくすりと笑って。


「ああでも、快斗がばかなら私もばかと言うことですね…」


 彼と私は同じ≠ネのだから。
 そう言って微笑むキッドの顔は、快斗と似てるというよりは全く同じであった。






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強いイメージを持たれがちな新一ですが…彼もこんなにも脆いんですよ、一応。
次回はオールに再び集結です。
なんだか新一サイドばっかですが、新一が動かないとどうにもお話が進まないので。
快斗と早く再会して欲しいしねv